誰も助けに来れない魔の森は素敵な尋問室
デュッセンドルフ領は寒冷地だが雨量は少なく乾燥している。
つまり雪はそんなに積もらないが、メチャクチャ寒い冬だという事だ。
「俺が一昨日まで引きこもっていた理由を俺こそ忘れていた、とは」
「毛皮のコートを貸してやったんだ。黙れ。舌を噛むぞ」
俺は舌打ちもせずに素直に黙る。
なぜならば、俺は当たり前のようにオズワルドの前に座らせられて、ベヘモットに騎乗しているという状況だからである。
ベヘモットの移動は足運びも滑らかだが、基本は猫科なので馬と違って、横移動の2Dだけでなく上下もある3Dの動きをしてくれるのだ。ヤバイ、危険だ。
そして前回と同じように、俺はオズワルドに腰紐付けられて繋げられている。
前回と違うのは、腰ひもはもう一本あって、そっちはオズワルドの愛騎のヴィーネさんの鞍に繋げられているという事だ。
オズワルドの動きが激しくなれば、あるいは彼が落命することがあれば、俺とオズワルドを繋げる紐は外され、俺はヴィーネにしがみ付いて帰還する。その最中に落ちないように、という命綱だ。
そこまでしないと危険な場所に連れて行くな、とか思うが、俺にあの毛皮のコートを着せるとこから、お遊び要素が強い気がする。
たぶんどころか、魔獣の森で魔獣を倒すだけのローテションに飽きたのだろう。
オズワルドはイヌ科ではなくネコ科だ。
俺はそう考えている。
無理難題とか我儘を言って来ても、猫だからと考えれば腹も立たないし。
「竜渓谷は今日は寄らないぞ」
「竜渓谷はもう森に沈んだのでしょうね」
「お前のお陰で未だに聖域だ」
「え、うそ。俺は何かしましたっけ?」
「お前の編み出した毒で死の谷に変わっている。お陰で俺達も立ち寄れないが、森に浸食されていないからいつもの一休みゾーンも安泰だ」
「あれはオズワルドが」
「お前だよな」
「ソウデスネ」
「それから、お前がケヴィンに授けた水蒸気爆発とやら――着いちまったか」
「はい?」
振り返るところで、ザザザッと急に森の木々が切れた。
するとぽっかりと空いた空間が目の前に広がった。
テニスコート三面分の空き地が、魔の森の中にポツンとあるなんて。
だけどどうしてここは魔の森に浸食されないで空き地として保っていられる?
目を凝らせば、魔の森が切れた付近に、植物図鑑で見た事だけある伝説の薬草が数本生えているのが見えた気がした。
オズワルドは広場の真ん中までヴィーネを走らせた後に止めた。
「マンドラゴラがあったよ」
「ああ。見つけた時は俺達もビビったよ。だがお陰でここは魔獣が少ない」
「どうして?」
「マンドラゴラを抜けば、半径十メートル内に存在する奴ら全員に即死魔法が飛んでくる。魔獣も人間もマンドラゴラになんか好き好んで近寄らないよ」
「え、でも。万能薬でしょ。凄い高値らしいけど、流通しているじゃない。どうやってあれを抜いてるの?」
「あれが高いのは、抜けて地面に転がっているのを拾えた時にしか手に入らないからだ。希少性が高すぎるんだな」
「そっか。マンドラゴラに紐を付けて犬に抜かせて、人間は遠くで抜き終わるまで待ってる、何てことしていなくて良かった」
「俺も、この世界にお前が一人きりで良かったよ。お前みたいな奴がいっぱいいたら、犬はすでに全滅してる」
酷いな、と俺がオズワルドから顔を逸らせば、オズワルドの後ろを走っていた魔獣騎士団のメンバー、まずアルバンとブルーノがようやく姿を見せたところだった。彼らは俺達の近くにベヘモットを止める。この二人はいつも一緒だな。次にまたお前かダフネと俺の従者のデニーもやって来た。そして最後はエルマーだ。
エルマーはいつだって正確な状況を読み、平時でも情報通だ。
いつも笑顔で気さくなくせに目が笑っていない男は、軽薄どころかその反対で、誰よりも侮ってはいけない人物なのだろう。
彼はベヘモットから降りると、真っ直ぐにオズワルドに向かって歩いて来た。
「酔わなかった? それでウンチは大丈夫かな?」
真っ直ぐに、俺、かよ。
「ダイジョウブです」
「そう。じゃあ、尋問していい?」
「はい?」
エルマーは記号みたいな笑顔になると、大きく腕を広げた。
「ここは君が編み出した毒薬によってできた拠点だよ」
「はい?」
竜渓谷は未だに死の谷なのに、ここはフッ酸撒いたら素敵広場が出来ました?
え?
俺は何のことかとオズワルドに振り返れば、いない。
あれっと思った瞬間、俺は自分自身が大きくバランスを崩した。
すでに降りていたオズワルドが、声も掛けずに無造作に俺をベヘモットの鞍から引っ張り下ろしたのだ。
「あっぶな」
「俺がいてお前に怪我させるかよ」
「いや。団長。その下ろし方は俺でもぞんざいすぎるって思います」
「それで、またこいつが消えたら、俺が乱暴にベヘモットから下ろして殺したとでも広めるつもりか? 今回の死体はベヘモットが美味しくいただきました?」
「ハハハ。普通に土に還ったと言いますよ。けれど若人よ心配なかれ。我らがブリューは再びブリュー畑からやって来る」
「バカばっかりを」
「俺の変な噂を流したのはエルマー自身だったんだね!!」
エルマーは緑の瞳を細めると、俺の頭を俺がぐらぐらするぐらいに撫でる。
乱暴すぎるぐるぐるで、洗濯機の中の洋服になった感じだ。
「ちょ、ちょっと、やめて」
「はい。可愛い五歳に戻って。それで、五歳の時に編み出した毒を思い出し、さらに凄い毒を考え出すんだ。どおんと時限的に爆発する奴を」
今度は逆回り。
「エルマーよせ。こいつが吐いたら運ぶのは俺なんだ」
「オズワルド。俺への心配よりも自分かよ」
それでもオズワルドはエルマーから俺を遠ざけてくれたから、オズワルドが自分だけの人でも許してやろうと思った。エルマーは許さない。
「それで、エルマーどうした? 普通に聞けばいいだろう。そのために今日はここにこいつを連れて来たんだから」
え?
俺って、尋問のために魔の森に連れて来られたの?
で、拷問官が、エルマー? え?
「ちょ」
「納得できないからですよ。この気持ちの持って行き場所が無い」
「どうしたって?」
「デニーの装備を確認しましたか? 上着はアラネ織の上等な奴。最新デザインで俺こそ着たいよ欲しいよ。で、杖に内蔵された不思議剣はバターみたいにトレントの蔦を切っちゃうし、飛び掛かって来たグリーンエイプなんか恰好良く懐から出した黒いなんかで一撃死ですよ」
エルマーのオズワルドへの訴えに……デニー、嬉しそうにニヤニヤするな。
あと、ダフネもジト目でこっち見んな。それからブルーノの見るからに憮然とした顔は怖いし、アルマンはこめかみぴくぴくしてるの止めて。俺がビビるから。
「ブリュー、こっち見る。どうしてデニーばかりこんな手厚くしてんだよ、おい。俺だって可愛がってやってんだろうが」
エルマーは俺をオズワルドの腕から奪い、俺の頭を拳でぐりぐりしてきた。
デニーは俺の護衛だ。護衛の装備を充実させてんのどこ悪い。
「やめて。こんなことするなら、エルマーには作ってあげない!!」




