叫びたかっただけですよ、僕もあなたも
俺を男娼と罵った声は、女性のものにしては低く、かなりひび割れていた。
俺は振り向く事もせずに、気配を読み、視線だけ声の主へと動かした。
その声の主は、のそ、のそ、と動いて俺の横に立つ。
タンクトップに訓練用のズボン姿。
体つきはデニーぐらいに背が高く、デニーよりも筋肉で腕も背中もふくれている。
洗えばオレンジ色に輝きそうな髪は顎ぐらいの長さのザンバラ髪だ。生成りのタンクトップは泥色で、人一人分ぐらいのスペースがあるのに彼女から漂う酸っぱい匂いが俺の鼻の奥をツンと刺激する。
今の彼女からは、男性騎士達に肝っ玉母さんなどと呼ばれていた頃など絶対に想像できないだろう。でもそんな呼び名のせいで彼女の心を摩耗していたかも、ぐらいはデニー達には少し心を痛めて欲しいなとは思った。
彼女は俺を威嚇したいのか首を伸ばし、汚い息と台詞を吐きだす。
「なあんて、可愛い愛玩人形だあ」
俺は右手を上げる。
デニーに動くなって手の平を見せたのだ。が、デニーどころかリノとダフネまでピタッと動きを止めたとは。俺の壁どころか俺への侮辱に対する暴力稼働装置になりかけてたようで、寸でで止められて良かったと俺はドッキドキだよ。
「はっ。オズワルドどころか、みんなのお気に入りか」
「ふふふ。あなたにも気に入ってもらえたら嬉しいですね」
気に入るはずだよ、ベリンダ。
俺はベリンダから目を離さず、しかし彼女の後ろに続いて来た女性騎士と見習い二人の姿を視界の隅で確認する。リーザの顔は傷一つ無いが、色味を失っている。リーザの横の焦げ茶色の髪色の少女は、辛そうなリーザを支えているよりも、リーザを引っ立てているように見える。そしてぞろぞろ続く残り六人の女性騎士達は、酒場から帰る途中の酔っぱらいのように弛んでいるし不真面目だ。
なぜ年下の子を、仲間を、いたぶれるのか。
きっと、彼女達は希望も野望もあった。だから砦に来たのに与えられたのは、軍功を上げることも出来ない守られ優遇されるだけの息苦しい箱だった。それで腐ったのかもしれない。
現状に納得できないのは、洞穴の奥のような瞳をしたベリンダだけかも、だけど。
「僕を受け入れてくださいよ。あなたを口説きにここまで来たのですから」
「お前を気に入るなんて無いね。あたしらが好きなのはいっぱしの男だけだ」
俺は傷ついたという風に胸に手を当てる。
良く言ってくれたと思いながら。
「素晴らしい。あなた方は、いっぱしの男と恋をしたいから砦に来たってことですね。ですが言わせてもらえば、汗の匂いは男心をそそるかもしれませんが、ゴミ溜めの腐った臭いが好きな男はいませんよ」
ベリンダの拳は俺の顔に当たることなく、デニーに掴まれていた。
デニーはすぐにベリンダの手を突き返すように放す。
「本当に腐ったな」
「あたしらを腐らせたのはお前達だろう」
ベリンダはデニーに吐き捨てると、グランドに大股で歩いていく。
整列している女達はベリンダが来れば後退り、いつしかベリンダを囲む輪のようになっている。
ベリンダは、ほら、という風に腕を開き俺達へと振り返る。
「あたしたちを嘲り、あたしたちを侮り、あたしたちへの同情でこんな素敵な牢獄をありがとう。ここで意味のない鍛錬だけを続けるあたしたちは、お陰様でこんなにも腐ったよ」
俺はベリンダのセリフに会わせて一歩前に出て、大きく柏手を打った。
ぱあああん、と、大きな破裂音が響く。
「ブラッボォウ。さいっこうの見世物だ。感動の舞台台詞だ!!」
「きさま、この」
「だが台詞だけじゃつまらない。せっかくですから、その鍛え抜かれた拳を振るいましょうよ! 腐り切る前に!!」
俺こそ舞台俳優となって、さらに大声をあげる。
ギロチン処刑に狂喜乱舞する観衆のようにして、残酷に。
「ここでその男達と戦えと?」
「いいえ。戦い合うのはあなた達」
俺は一呼吸置いた後、あらんばかりの声を張り上げた。
「さあ、バトル・ロイヤルの開始ですよ!」
「ブリューちゃん? もしもし」
「おい、ちょっと?」
「えっと」
デボラが怖々と俺を伺い、ダフネもリノも戸惑いの声を出した。
くすっと笑ったのは、ここでは俺を一番よく知っているデニーだ。そしてグランドに集まった女性騎士と見習い達は、俺の意図を知って真っ青になって震えた。
「良いじゃないですか。仲間内で殴り合ってたんでしょう。一方的に殴るだけが楽しいなんて、騎士がそんな悲しいこと言わないでください」
「私達に殺し合えって言うのですか!!」
見習いらしい子が叫んだ。
茶色の髪をおかっぱにしている彼女は、部屋番号で言えば三〇五。つきあたりのリーザの隣。他の見習いは先輩騎士の汚れ物が部屋に放ってあったけれど、彼女の部屋はベッドメイクが乱れているだけだった。自分さえよければ仲間も売る、の典型タイプ。
俺に声を上げたのは、「自分も?」と慌てただけだろう。
「あなたは命を賭けて戦う騎士を目指しているのでは?」
「私達が目指すのは騎士であって、こんな、こんな殺し合いじゃないわ」
「殺し合い? 想像力が豊かですね。普通にトーナメント戦でもして女性騎士の実力を見せてもらえたらなってだけですよ。仲間と剣を合わせるぐらい、毎日やっているでしょう?」
「そ、そうだけど」
やって無いな。
安全な箱の中に押し込められて壊れたベリンダと違い、安全な箱だからと騎士志願したグループなんだろう。そしてそんな考えがここで主流ならば、外に出たい少数派を圧力をかけてでも黙らせる。
「わかります。見習いは見習いだけあって実力不足。ついでにソロではなくチーム連携こその人達もいるでしょう。不安になるのは分かります。だから聞いてください。僕は真実の実力を出して貰えれば、ソロでも団体様でも好きにしていいよって感じなんですよ!」
「一対一ではなく一対多数でだなんて、一方的じゃないの」
おお、カリンナが初めて俺に話しかけたよ。
ということは、俺の話をちゃんと皆聞いてくれるってことだね。
俺はにっこり笑う。
「僕は、魔の森で魔獣と戦える実力があるのか見たいんですよ。一対一で礼をし合って、なんて、魔獣がしてくれると思いますか?」
「ま、魔の森だなんて。それは私達正規兵じゃなく、魔獣騎士団の仕事だわ」
「正規兵の仕事があるんですか? あなた方に」
俺が笑顔で言い返せば、カリンナはぐぐっと奥歯を噛みしめる。
俺に集められた騎士と見習いも、完全にしん、と静まった。
デニー以外、ひでぇ、とか、抉るわ~、とか煩い。場を壊すな。
「――いけるの? 勝てば魔の森に行けるのか?」
俺は一人闘志を燃やしてくれた戦士に微笑む。
「ご招待しま」
「いいぜ。嫌でも俺が連れて行ってやろう」
大声など出していないのに、どこまでも通る王様のような声が俺の台詞なんか簡単に打ち消した。
せっかくの俺の舞台を乗っ取った男は、それはもう我が道という風に歩み、終には俺の肩に腕を乗せる。ついでにぎゅっと自分に引っ張ってくれたから、俺の愛人認定待ったなしだ。
「無視すんなよ。こっちむいて、お帰りなさいませ、ぐらい言って欲しいねえ」
「執務室で待ってたら、可愛く言ってやったさ」
「ハハハ。執務室にいりゃあ、こんな楽しいお前の祭を見逃してたじゃねえか。さあ、踊れ。踊り切った奴は、お望み通り魔の森にご招待だ」
オズワルドが約束すれば、暗い洞穴の瞳をしてたベリンダが、瞳を赤く煌々と輝かせた。
赤い琥珀が輝くようにして、瞳を煌かせたベリンダは雄叫びをあげる。
冬眠から覚めた熊のように。
俺は吹き出しそうだ。
ベリンダとは反対に、カリンナを筆頭に、ここに集まった女達の殆どが瞳を暗くどころか顔色を失ったのだから。――砦から女性騎士の数がまた減るだろうが、精鋭は残るだろうし、いいよね。
「ハハッ。バトル・ロイヤルって言ってみたかっただけか。ガキか」
「だが、後悔はしていない。全部持ってかれたけど」
「俺はいつだって真打なんだよ」




