女性騎士達にある汚れと闇
三十五人の女性騎士の部屋を勝手に御開帳させてもらったところ、十七室も汚部屋だった上に、整理整頓できている見習い騎士は一人もいなかった。
酒場や裏通りなどの小汚い場所に足を踏み入れた事など無い辺境伯夫人デボラは、そんな裏路地よりもカオスな汚部屋に脅え、女子寮の最終責任者である女中頭のマーガレットはわなわなと怒りに震えている。
マーガレットさんにとっては、聖域を汚された、ぐらいの汚辱感かも。
だって一番汚い部屋は、そのうちにこの腐った床が落ちるんじゃない? というほどに酷かったもの。床が腐るんじゃない、もう腐っているんだ! だよ。
「本当に、なんてこと。今回入団した見習いまで、全員がこんな身だしなみ一つできない子達ばかりだったなんて!」
「ですねえ。あと最後の一室。俺の家に必死に押しかけてくるリーゼの部屋がどうなっているのか俺は知りたくてたまらない」
「今までの部屋と同じですよ」
マーガレットはすっと踵を変えると、俺が望んだ部屋の前まで移動する。
そして鍵をその部屋の扉に差し、彼女は眉根を寄せる。
「マーガレット。開かないの?」
「そうですね。取っ手を取り替えないと、ここを開けるのは無理なようです」
「では、俺がノブを外しちゃっても良いですか?」
この世界の扉の鍵はノブ付きの金属製の縦長のプレートが扉にネジで貼り付けてある、というもので、見た目からして前世の鍵付きノブの旧型だ。
前世の十八世紀ぐらいのものに近いかな。
握りと鋳物製の錠本体を持つケースロックで構成されているので、ネジを外してそのプレートを外せば鍵は簡単に開錠できる。
「願ったりですが、どちらにしろ工具が必要ですから下男にやらせますよ」
「工具持っているので大丈夫です。ネジばっかり作らせられているってぼやく鍛冶師に、どんなネジでも外せるようにねじ回しを数本作って貰ったんですよ」
俺はポケットから革の長財布のような物を取り出した。開けば中には鉛筆程度の長さしかない小型のドライバーが数本入っており、俺はドアの取っ手のネジに合いそうな一本を取り出す。
「あら、ブリュー。それは玩具じゃなくて」
「小さくてもできるんです」
デボラとマーガレットが同時に「かわいい」と叫んで吹き出すとは何事だ。
小さくても良いものは良いものだ。
本当に、備えあれば憂いなし。
俺が工具を持って来ていたのは、最初からリーザの部屋を開ける目的だったから。
彼女が扉を閉ざしたら、こうしてドアノブ外しをしてでも扉を開けるつもりだったのである。
どうしてか?
単なる脅しと嫌がらせだよ。
非力な俺でもちゃんと押し入る実力行使ができると教えられるし、俺にそこまでさせたと砦中の笑いものなるだろうしね。俺は陰険なんですよ。
さて、俺がリーザの部屋のドアノブを外せば、壊れた鍵で密閉されていた部屋の扉などただの板切れとなり、部屋の全容が明らかになった。
見習い騎士リーザの現状がひと目でわかる部屋の惨状だ。
壁も床も汚物を擦り付けられ汚され跡が残り、ベッドもクローゼットの扉も破壊されていたのだ。リーザはなんとか部屋の掃除だけはしていたようだが、室内には強い異臭が残っている。
リーザの安息場所は、部屋の隅に作られた小さな寝床だけか。
扉が開かねば破壊された家具の残骸は搬出できず、部屋でまとめておくしかないだろう。鍵が壊され(鍵は内側から壊してあったけど? 防衛の為?)扉が開かないからか、窓から出入りしているのか窓が開きっぱなしで寒い部屋だ。
こんな寒い部屋で薄い毛布に包まって床に転がるしかないとは、哀れ。
「どういうことなの、これは」
「見せしめでしょうね」
「見せしめ?」
「見習いの子の部屋は異臭を放つ汚れた洗濯物はあっても、腐った食べ物の放置は無かった。洗濯物は洗ってないけどひとまとめにはしてあった。恐らく押し付けられた洗濯物と、整理整頓をしちゃいけない命令? でもあるのかな。可笑しな命令でも従わねば、怖い先輩方にリーゼの部屋みたいにされるでしょうし」
「どういうこと?」
「誰だって汚い部屋にいたくは無いものですよ。でも自分には部屋をキレイに保つことができない。自分ばかり責められるのは嫌だ。ならば?」
「見習いの子達に部屋を汚すように命令? 意味が分からないわ」
「そうよ。見習いに不衛生を強いるならば、見習いに片付けられない自分の部屋掃除をさせるほうがまだ理解できるわ」
デボラは本気で意味が分からないと呟くが、マーガレットは怒り骨頂という感じで言葉を吐き出している。
本当に、真っ当な人にはこの状況は意味わからないと思う。
俺だって意味が分からないよと、壊されていた鍵付きのドアノブから壊れた鍵の部品だけ外して扉に付け直す。
鍵が閉まらない扉になるが、どうせこの後は部屋替えだ。この部屋を整理するにも扉が使えねば駄目だろう。ドアノブを付け直しねじを回しながら、俺の口も勝手に回る。
「腕力では男も女も無いですが、どうして女性は家事をする事を望まれて、外で働くのは男性ばかりなのでしょう。どうして女性は男性に守られなきゃってのが当たり前なのでしょうか」
「男女差は無いと言われているけれど、体格差があれば力の差もあるでしょう。それに、子供を産む女性は子供を妊娠してから産むまでの期間に、産んだ後も一年は安静が必要なの。そんな無力な間、一体誰が守ってくれるの? 一体誰が食料を用意してくれるのかしら? それで自然に役割分担ができちゃったのよ。その上、女性は十六歳から自分の意思だけで結婚できる。なら、わかるわね」
「わざわざ自分が働きに出なくとも、稼ぐ男性と結婚すればいい、ですね」
「そう。ふふふ。ブリューは面白いわね。男性と同じことができるのに女性はどうして外で働かないのかって。最初から女性の能力を認めているのね。女は家庭に男は外で働くものが普通の感覚だったから、私も女性が男性と同じぐらいに頑強になれるなんてこと忘れていたわ」
「旦那様はいつだってデボラ様に勝てないではないですか」
「もう、マーガレットったら。でもね。ねえブリュー。あなたは本当は何が言いたいのかしら」
「子供を産むことを強要されて外に人生を求められない人もいるけど、最初から結婚も子供を産むことも否定されて働きに出された人もいるのですよね、とか。あるいは、境遇違いを仲間内での上下関係に当て嵌めてのマウント行為があるのかないのか、ですね」
「だから?」
「理解したいなって」
「優しいのね。私だったらこんな人達は砦から追いだしてお終いだわ」
「追い出すのは確定ですが、理解した上でプライドも何もかも踏みにじってやらないと、全く意味が無いじゃないですか」
てん、てん、てん、てん、と無音ばかりが続く?
どうしたんだと俺が二人を見上げれば、デボラもマーガレットも俺を怖々と見下ろしている。
「「恐ろしい子!」」
そんなハモらないで。
自分達こそ女社会で生き馬の目を抜いて来た人の癖に!!




