俺の仕事はオズワルドの家を隅々まで掃除すること
現役役付き集団が家屋から次々といらないものを運び出す様子を眺めている俺に、遅れて来たデニーは手伝いに行くどころか俺をおどおどと伺うばかり。
左足首から下を失い今は引退しているが、魔獣騎士団時代はその体を生かしてタンクで、武器はバトルアックス。
その剛腕によってかなりの戦績を誇っていたそうだ。
死神の鎌みたいな大きな刃を持つ戦斧を振り回し、一撃で魔獣の首を刎ね、剣も通らない魔物の毛皮を切り裂く。
顔付もずんぐりした体形も誰もが好感を抱くだけで、普通に気の良い青年風なので、過去を聞いたら対比が凄くて驚くばかり。
つまり、侮ったら危険なタイプ。
そんなデニーさんは騎士団を引退後は研修所で料理人をしていたが、研修所が無くなったためにこの三か月間はオズワルドの使いパシリをして日銭を稼いでいるそうだ。
目元の隈にこけた感じで頬が黒くて病人っぽいのは、お疲れさまってやつかな。
そして彼は、オズワルドの家がきれいになればここに住んで、料理とジェニーさんの世話を担当してくれる予定だ。
良かった。
俺には飯の支度もジェニーさんの世話もできるわけなく、それに食料品や日用品の買い付けなんかも一人でできない。俺は伯爵令息だったため、世話役がいなければ生活が詰むのだ。
「何か?」
「ブリュー、さん。全部燃やすんですか?」
「私物でもありました?」
「いや、そんなものは無い、です」
「そうですか。デニーさんが気に入っててどうしても残したいものがあれば、自分のものにしていいですよ。けどそれも臭い匂いが染みついてるし害虫の住処になってるんで、燃やしてしまった方が良いと俺は思います」
「ふふふ。君はやっぱり貴族の子なんだねえ。俺達は使えるものだったら使おうとしてしまう」
「勿体無いからって無理矢理使って、毎日このすえた臭いに我慢しますか? ベッドの木枠に潜り込んでいたダニに血を吸われたり、皮膚に棲みつかれたりして、一生爛れてかゆみの取れない肌になってもいいですか?」
俺はデニーをじっと見つめる。
彼は最初右へ左と視線を彷徨わせていたが、しばらくの後、俺に視線を定め、それから脂汗を掻きながらも頷いた。
「うん。燃やそう」
「合意ありがとうございます」
「でもそしたら家具とか新しく買わなきゃだ。そのお金も必要だけど」
「オズワルドが好きにしろって言ってくれました」
「だけど、団長も平民出身だからさ、あの」
「大丈夫ですよ。俺は前の世界でちゃんと貧困を味わってます。だから、平民の懐ぐらいは分かっているつもりです。ご心配なら家具は一緒に見に行きましょう」
「あ、ありがとう」
「出したかったら出してもいいですし」
「え?」
「ですから、オズワルドの家を台無しにした慰謝料は、そこんところで誠意を見せてくれればいいですから」
「ぐふっ」
「俺は思うんだけどね、この家の状況ってさ、たぶん、誰かさんが又貸ししてこんなになっちゃった案件だよね。普通は空っぽ、家具があれば埃避け掛けた状態で引き渡しだものね」
「君は気がついて」
「オズワルドもね。それで今回呼んだのが彼が内緒話できる幹部の怖いお兄さん達だけ。プラス公正な第三者視点として正規軍属のリノさんってとこで。本人がいないのは、あの人だったら決断しなきゃいけなくなるからだな。俺だったら」
「君だったら?」
「うま~く片付けられると期待して、でしょうね。相談乗りますよ?」
「うぐ」
デニーさんが語るとこによると、俺が言った通りのことをしてしまった、という事だ。ギルドのシルバープレート冒険者だからと信用したが、奴らはこの持ち家の主にかなりコンプレックスを抱いていたのか、これ以上ないぐらいに室内を汚してくれていたそうだよ。問い詰めても知らぬ存ぜぬ? 家など借りていないと言っているそうだ。
それでデニーは泊まり込みで掃除していたけど、掃除しきれなくなって、そのうちに彼が生活して出した汚れも増えてどうしようも無くなったということだ。
あとは、弁償考えての投機をしてみたが、詐欺にかもられただけ。ついでに詐欺と知らず購入したガラクタ用品の置き場所に困って倉庫代わり。
ギャンブルで破産する方がまだましな、わかりやす転落のあるあるだ。
罪を、失敗を、隠して隠して。
最後には、一番知られたくない相手に知られて。
オズワルドめ。
あいつは情が深すぎて、情を掛けた相手と一緒に沈もうって所がある。
そのせいでデニーがさらに追い詰められて、デニーがどうしようもないことになると、ようやく彼こそ気がついたに違いない。
俺が彼に彼の死因と死の状況を教えてやったから。
何してんですか?
ああ、デニーか。
バカ猫が橋げたから出られないようなんだよ。ほらそこ。捕まえたらとりあえず、家に連れて帰ろうか。
ほろ酔い加減のオズワルドは橋げたを覗く。
尊敬する人に己の罪がバレたくない男は。
「片付けられなかったのは、デニーに気力が湧かないからだ。でもって、気力が出ないのは病気だよ。心の病気。あんたは本当は騎士でいたかったんだろ?」
俺の隣でデニーはぎりぎりと歯噛みする。
罪を暴いた俺への憎しみどころか、不甲斐無い自分への怒りだ。
「あの夜は、俺をなんとしても守ろうと抱いていて下さりありがとうございます」
「ブリュー?」
「あんたはあの時騎士に戻れた気がしたんじゃないかな。だったらさ、今後も俺を頼む。俺の護衛騎士をしてくれ。そういう感じでこれからも頼む」
「うぐ、はい」
俺は涙をポロポロ流すデニーなど知らない振りで、ただ彼の肩をポンポンと叩く。
荷物を家屋外に運びだす奴らは、俺達に意味ありげな視線を向けるが、誰も何も言わずにニヤニヤしているだけだ。
いいだろう?
俺は労せずして絶対服従のメチャクチャ強い戦士を手に入れたぞ。
それに、俺こそ分かるんだ。
心の病気の苦しさは、心に病を抱く俺の専売特許なのだ。
いまだに悲しいことにね。




