頼むから行ってくれ!!
俺が騎士になると家族に嘘をついてデュッセンドルフ砦にやって来たのは、この世界のやり直しをするべく過去に戻るためである。
だから、エルマーに何がしたいのかと問われれば、迷わずに俺は答える。
「俺を過去に飛ばせるぐらいの想いを持つ人に会いたい」
俺の過去を回す歯車は俺一人では発動しないどころか、俺の意思では動かすことも出来ない錆びた歯車そのものなのだ。
俺のスキルを動かせるのは、過去に戻りたいと望む俺以外の強い気持ちだ。
「その過去はどこからだ? ケヴィン様の死の前か?」
「まずはオズワルドが死ぬ前に戻りたい」
「確かに、俺達はあの人がいないと全然ダメだ。あの人が生きていればって思ってしまう。あの人が生きていれば、魔の森のスタンピードなど起きなかっただろう。アンデッド化する可能性が高かろうが、ケヴィンを見捨てはしなかっただろう。ああ、本気で、あの人は何で死んでしまったんだろうな」
「亡くなったのはどうして? 殺しても死ななそうな人だったのに」
「赤ん坊の泣き声が聞こえたからって、橋げたを覗き込んで川に落ちたっぽい」
「酔ってた?」
「酔い過ぎ。ついでに言えば、赤ん坊の泣き声は発情期の猫の鳴き声だった」
俺は顔を両手で覆ってしゃがみこむ。
史上最強の男が、酔っぱらって川に落ちて死ぬな!!
「エルマーは、見てたの?」
「可愛いお尻を鑑賞できるならともかく、俺もそんな暇じゃなくてさ。オッサンの尻を追いかけたくはなかったんだ。だからさ、お前に団長を任せたよ」
エルマーは九年前の煩かった時とやっぱり全然変わっていなかった。
意表を突く動きしかしないのだ。
彼は引きだした剣にて自分の腹を突いた。
「エルマー!!どうして!!」
俺が伸ばした手はエルマーの体を支え、エルマーは、あの日の包帯男が俺にしたようにして俺に縋りついた。鬼気迫る瞳で俺を射抜くところも同じだ。
ケヴィンの兄、ヴェルターも同じ瞳だったのに、と俺は思い出す。
むかむかとしながら。
ヴェルターは俺に会いに来ていた。
ケヴィンの遺体もなく、ケヴィンを殺した奴らの自己満足でしかない国葬に出席し、その足でバルバドゥス領にも寄ったのだ。
他領の領主館の子供部屋に忍び込むなんて無茶をして来たところは、ヴェルターもデュッセンドルフそのものだったと変な感心もした。
彼は帰郷するところで思い立ったその勢いで、俺に会いに来たのだ。
俺の記憶が無いと彼は考えており、見つかったら領主間でかなりな面倒になることも分かっていて。
それでも、死んでしまった弟を取り戻したい一心で俺の元へやって来たのだ。
「ヴェルター殿がお前を過去に戻せなかった事は知っている。そこで俺は考えた。死にかけたケヴィンがお前のスキルを動かせたなら、俺も同じ目にあっとかないとなあ、てな」
そう、ヴェルターと俺は失敗した。
ヴェルターと俺はケヴィンに何もできないと抱き合って泣いたのだ。
だけど、死にそうな顔をしても、ヴェルターは死なないでいてくれたというのに。
なのに!!
「エルマー、このばか!!考えろよ。お前が死んでも、ヴァルターの時と同じでスキルが動かなかったら、無駄死にじゃないか!!」
己の剣で己を貫くなんて、軽いキャラが何をトチ狂っていやがる。
かつて俺を過去に戻したケヴィンが死の寸前だったから、自分も死の寸前になれば俺を過去に送れるって?
「ふざけんな!!俺に命かけんな!!俺のスキルが動かなかったら、エルマーは無駄死にじゃないか!!」
「無駄死にさせんな。動かないじゃねえ。動かせ。行け、行ってくれ。頼むから」
エルマーは大きく血反吐を吐いた。
けれど俺の体は透明になるどころか、エルマーの冷たくなっていく体温を感じるばかりだ。エルマーの流れる血が俺の服にしみこみ、とても冷たくて冷たくて。
いやだ。
誰か助けて。
助けて!!
ぎゅっと瞑った瞼の中、泣くはず無いのに泣きそうになっていた男の顔を思い出す。いや、簡単に泣いていた。彼は泣き上戸だった。
「オズワルド!!」
「なんだっ!」
俺はどこぞの繁華街の路上に座っていた。
俺の膝にはエルマーの死体など無い。
そして、俺が見上げる視線の先には、絶対に死なせちゃいけない男が立っていた。




