そうして孤独なお姫様は世界をお裏切りになっていたのです
洞窟内の奥に進むにつれて、天然の洞窟が人工物らしき様相を見せて来た。
でこぼこしていた地面はそのうちに平面となり、壁には装飾らしき掘りものだってある。滝裏にあった洞窟の奥はなんと、水晶と石灰岩を切り出して人の手で作り上げられた、翼竜の為のささやかな神殿であったようなのだ。
ただし、もはや聖なる竜の住処では無くなっている。
洞窟の奥に近づくにつれ、ギチギチギャアギャアと金属をこすって作り出したような、生き物の鳴き声が大きくなっている。
人の神経を逆なでする耳障りな声を出す物達が住まう場所になっているのだ。
本来ならば清浄な空間だったはずなのに、石床はひび割れて苔が生え、糞尿の臭いと、殺された生き物の腐敗臭で満ちているのは、全てあいつらのせいなのだ。
「ぐっ」
俺は両手を重ねて鼻と口を覆う。
竜が住まう部屋に辿り着き、その内部が見えた事で、洞窟内の臭気に耐えられなくなったのだ。俺はこれじゃいけないと毛布の端で口を押える。
この臭気をもう嗅ぎたくはない、そう思ったのは当たり前だ。
竜はいた。
竜の寝床らしく石で作られた壇上に竜はいた。
竜が住まう部屋は半球状の空間で、中心には円形の水盆も持ち、天井にぽっかり空いた穴からその水盆に外の明かりが落ちている。
その明りでこの竜の座の全てが見えるのだ。
ここは人が竜と共生し、竜を崇めていた時代に人間が竜の為に作り上げた場所だった。俺は竜と人間の共存していた証でしかないこの場所を知り、昔を思って悲しい気持ちばかりが押し寄せてくる。
「くそが」
オズワルドの汚い罵りは、清廉さを失った今の状態を表すそのものだった。
美しく清廉だったであろうこの竜の座が、無意味な苦しみが連綿と続き、穢れの生き物がただ繁殖するための場所となっていたのである。
丸い穴から差す光は、地獄絵図を浮き彫りにするばかりなのだ。
水盆の中の水は腐れ硫黄のような臭いを発している。
そこにはたくさんの腐った血肉や糞尿が流れ込んでいるからだろう。
それはなぜか。
この場所の主である小さな翼竜は、自分の半分ぐらいの大きさの卵を抱いている。
その卵は決して孵ることのない、卵の殻を貼り付けただけの竜の卵の模造品、でしかないというのに。
この模造卵こそ、密猟者が翼竜を殺すための罠だったのだろう。
必死に偽の卵を抱く翼竜だが、冒険者が持つような安物の剣にて背中から串刺しにされているのだ。
翼竜は剣で刺されて動けない状態にされてから、心臓を抜き去られたのであろう。
そしてそんな目に遭いながらも、翼竜は抵抗どころか逃げずに卵を必死に抱いてなすがままに成っていたというのか。
きっと卵の中に幼竜がいると信じていたのだろう。
一人ぼっちの寂しい竜は、新たな竜が卵から孵ると信じることが希望だった。
だから、心臓も失い肉体が殆ど骨と化していても、卵を孵したい翼竜の死体はまだ生きようと再生をしているのだろうか。
なんて皮肉だ。
聖なる竜が孵らない卵を抱いているというのに、その周囲にて生を貪るワイバーンの幼獣が次々と生まれ出でて蠢いている。
ワイバーンの幼獣は生まれ出るや母親の乳を吸うようにして翼竜から滴り落ちる血を啜り、翼竜の死体から崩れ落ちた腐肉を齧っているのだ。
そしてワイバーンの幼獣が食い残した肉片、あるいは啜り切れなかった腐った血は、新たな魔獣へと変化する。
翼竜の破片から、新たなワイバーンが生まれているのだ。
竜には人知を超えた再生能力があるから。
卵の孵化だけを望み妄執で生きているだけの竜だから、その自己再生の能力が歪んで、肉片の再生だけでなく竜もどきを生み出すのだろうか。
このまま放っておけば、そのうちに再生が追い付かずに翼竜は完全に息絶える。
だが翼竜が安眠できるそれまでに、いったいどれだけ竜もどきが作り出され、いったいどれだけのワイバーンがこの世に増えてしまうのであろう。
「くそ。誰がこいつをこんな目に」
「そんなことはもういいから。オズワルド、竜の首を落として。あれが元凶です」
「お前は!!」
「いいから殺してあげてよ。もう楽にしてあげてよ。でないと、あいつから竜もどきが生まれるじゃないか。あいつが生んだんだよ。俺の家族を殺したのは、あいつがワイバーンを産んだから。このままじゃ、あいつのせいで、あなた方だって殺される。お願いだ。あいつの首を落としてあげて!!」
「――わかった」
オズワルドは歩き出す。
彼の脚に噛みつこうと襲い掛かるワイバーンの幼獣など構わず、真っ直ぐに偽物の卵を抱く竜の遺骸の前に進む。
ひたすら、彼は進む。
俺の頭に雫が落ちた。
ぽつ、ぽつ、と。
俺はオズワルドを見上げる。
そしてすぐに俺は彼から視線を逸らし、憐れなばかりの翼竜を見つめる。
オズワルドは、翼竜を愛していたのだろう。
きっと、とてもとても翼竜を愛していたんだと思う。
「助けられなかった俺を許してくれ」
オズワルドは翼竜の背に刺さる剣を抜きさり、腰のベルトに引っ掛けた。
そしてその代わりという風に、刀身が白く輝く剣を引き出した。
「世界を生み出し慈しむ女神たちよ。あなた方が愛せし魂を御許に捧げます」
竜の頭を撫で、それからオズワルドは竜の首を落とした。
「キシャアアアアアアアアアア」
これは翼竜の断末魔ではなく、翼竜が生んだ悪夢の一つだ。
天窓の周囲は粉々に砕け、そこから大きなワイバーンが顔を出している。
オズワルドは小石を水盆に投げ捨て叫んだ。
「撤収だ!!」
「え、ちょっと」
「まって、団長!!ケヴィン殿、こちらに!!」
「ギード。ケヴィン殿って呼ばないで!!って、邪魔!!この竜もどき!!」
うん、オズワルドが無頓着に翼竜のところに進むから、ケヴィン達が必死に邪魔なワイバーンの幼獣を刈っていたんだよね。
でも、急いでオズワルドを追った方が良い。
なぜならば。
「大型が竜の座に落ちた瞬間にファイヤーランスを放つ!!」
オズワルドは宣言通り、ケヴィン達が飛び出した、からではなく、ワイバーンが落下してきた瞬間に物凄い炎の魔法を解き放った。
その炎のすさまじさに洞窟の天井は崩れる。
「キシャアアアアアアアアアア」
土砂で閉じた竜の座から、ワイバーンは叫ぶ。
俺達はとにかく洞窟の外に出るだけだ。
急いで出なきゃならない。
だってさ、オズワルドは硫黄臭い水盆の中に蛍石を投げ込んで、物凄い熱量だろうファイヤーウォールを竜の座に放ったのだから。
炎の壁ってその通りな、空間に隙間なんて出来ないぐらいの大きな炎の壁が出来て、それがどおおんて敵に向かって動いていくのだ。
全てを焼き尽くしながら。
この場合竜の座に向かって、だったけど。
オズワルドがここまで一切火魔法を使わなかった理由がわかった。
火力デカすぎ。




