竜渓谷の翼竜とオズワルド
休憩地点から竜渓谷へはあっという間だった。
休憩地点がきれいな水が流れる小川の川辺、という点で気がつくべきだった。
魔の森で安心して休憩が取れる場所だというならば、そこが魔の森に存在する聖なる土地が近くにあるからだと。
「ここにきて囚われのお姫様も救い出さねばならないとはな」
単眼鏡で竜渓谷の様子を探っていたオズワルドが、忌々しそうに呟いた。
ワイバーンはオズワルドの想定どおりに竜渓谷を営巣地にしていた。
ケヴィンがデュッセンドルフの目で確認したワイバーンの個体数は、三十五頭。
これで全部じゃなく、とりあえず竜渓谷に今現在いる奴らだけの数なんだけど。
ここにいるだけを殲滅するにしても、三十五体を六名の騎士だけでは、かなり荷が重いだろうな。
「翼竜様は生きていたの?」
「休憩地はかなり魔の森に浸食されて小さくなっていたが、ここと繋がっている小川の水はまだ清浄だった。ここの緑もかなり枯れて消えたようだが、まだ完全じゃない。ここに残る草木はな、俺達の世界と同じなんだよ。魔の森では生育できない種だ」
「だから翼竜はまだ存在はしている?」
「そういことだ」
俺も竜渓谷を見渡す。
竜渓谷は俺が知っている華厳の滝の構図であった。
ただし、構図だけ。
なぜならば、荒野でしかない風景なのだ。
ところどころに緑は見えるが、基本砂色のごつごつした岩肌ばかりだ。
そこに岩肌よりも濃い色をしたワイバーンが、もぞもぞ岩に住むダニみたいに蠢いている。
地上でのワイバーンは、被膜がある長い腕と短い後ろ足というバランスの悪さで、四つん這いでヘロヘロ歩くしかないようだ。
岩肌をのそのそ登っている奴らは、これから飛び立つためなのか。
「羽ばたいて飛ぶって出来ないんだね。あと、飛び立つために二本足で走るってのもできないのかな」
「研修所を襲って来た奴らはもっと機敏だったぞ。動作がトロイのは、魔の森は空気が重く風が無いからかな」
「キュイイイイイイ」
一頭のワイバーンが地面に向かって叫びをあげる。
すると、地面がボコっと大きくへこみ、鳴いた一頭とそれの周囲にいた奴らが一斉に羽を広げる。
「キュイイイイイイ」
さらに一頭が鳴けば、地面は再び陥没し、その代わりという風に羽を広げるワイバーン達はさらに高く宙に浮き、今度は羽を軽く羽ばたかせ。
「浮いた?」
「浮いたな。地面の陥没? 風魔法でも使えるっているのか? 魔獣が?」
俺達が見守る中、宙に浮いていたワイバーンは次々と地面へと落ちていく。
「風が足りないのか。ならば奴らはどうやってここから飛び立ったんだ」
オズワルドの呟きは、単に思考が漏れているだけのようだ。
だから俺もオズワルドを気にせず、眼下の魔獣達に向かって右手を伸ばした。
こいつらが皆を殺したんだ。
ここからではカブトムシサイズにしか見えない奴らを、潰してやりたいと、俺は想像しながら拳を握りしめる。
「大型種はいない、か。どこに行ったのか。ケヴィン、大型種は見えるか?」
「見えません。遠見で見える範囲も、大型種はいません」
「親は狩りに行っているのかな。では、親のいない隙に俺達も狩らしてもらうか」
オズワルドは右腕を上げて拳をぐるっと回した。
潜んでいた彼の部下達は一斉にベヘモットに乗り込む。
ケヴィンも駆け去って行き、俺も再びオズワルドに持ち上げられる。
ふう、また縛り付けられるのか。
うんざり。
俺はとりあず二人きりになった事をいいことに、今は聞くべきじゃないのだろうけど気になっていた事をオズワルドに尋ねることにした。
ケヴィンには聞かせたくないし。
「オズワルドって、竜の性別知ってるぐらいだから、竜と仲いいよね。なのにどうして、ワイバーンが竜の住処で繁殖しているのに気がつかなかったのかな」
「お前、五歳児の仮面を被るのはやめたのか?」
「今は二人だけだからいいかなって」
「ブリュー。竜の心臓が不老不死の薬になることを知っているか?」
「おとぎ話だとそうだね」
「ハハハ。ガキにおとぎ話と考える分別があるのにな」
「この谷の翼竜は狙われているの? 人間に?」
「人間に狙われているのは、そうだ。狙われたのは力を失ったからだろうな。だが力が弱まったと言えど、竜は神聖なものだ。我欲で殺したら方々から非難を受けるのは確実だ。なのにどこぞの偉いさんは、不老不死を諦められない。冒険者達に秘密裏に竜の討伐を依頼した」
「そいつのせいでこんなになっちゃったの?」
「そうだな。無理な依頼だと軽く見ていた俺達のせいでもあるな。本来はね、ここは簡単に入れない場所なんだよ。目指したところで感覚を狂わせて辿り着けなくさせられる。場所を知っても普通は辿り着けないのさ。竜が認めた人間以外ね」
「でも、竜と仲良しのオズワルドは入れたんだね。あと、連れて来た五人も」
「ああ。翼竜様は、下界に関わりたく無くてこんな所に結界を張って引きこもっていたのさ。その癖に、あいつは無駄に情も深くてな、もうすぐ死にそうな生き物がいれば拾って匿ってくれるのさ」
「面倒な生き物。で、もしかして、助けた冒険者に酷い目に遭ってしまったから、ワイバーンの侵入を許してしまった?」
「そうかもな。俺はあいつに危険性を伝え、俺達こそがあいつに余計な客を呼ばないようにと遠ざかったというのに。それがあだになったとは」
「オズワルド」
「さあ無駄話はお終いだ。まずはここにいる三十五体全て殺しましょうか」




