実はかなり疑われていたらしいです
エルマーは幼子の俺を脅かした。
俺を抱きあげた途端に大股ジャンプなんてしてくれて、俺の小さくてひ弱な心臓はドッキドキで胸が痛いくらいだよ。
そしてオズワルドにその行動を咎められたら、確認したかっただけとのたまう。
何を確認?
「普通はここに来るまでに最低でも三回は魔獣にエンカウントするはずなのに、全く見なかった。ありえないことです。これもワイバーンのせいだと?」
「何が言いたい?」
「一昨日研修所を襲ったというワイバーンの死体を見せていただきましたが、森から魔獣が消えるような脅威などありそうもない感じでした。では、魔獣が襲ってこないのはどうしてだろう。この子供に関係があるのかなって思うじゃないですか。あなたこそ、この子を決して離さない」
エルマーは俺をしっかり不審物扱いしていたらしい。それどころか、俺を魔獣か何かとでも思っているようだ。
え? いるの? 魔獣除けできる子供型の魔獣。魔人ってやつ? いるの?
俺の頭の中にはハテナマークだらけだ。
「ベヘモットを空高く持ち上げて連れ去ることができる魔獣がいるとしたらどうだ? そいつらが獲物と狙った生き物をしつこく追ってくるとしたら?」
「ラーラは」
「ラーラの失踪を密猟者による誘拐だと思っていたら、ワイバーンの襲撃だ。ラーラはよほど旨かったんだろうな」
「では、その子供を連れ歩いているのは」
「もしかしたら、を想定している」
「では、いえ、ラーラを持ち上げられたって、どれだけ大きいんだ」
「本当にな。どれだけ大きい奴だろう。死体を見ていてわかっているだろうが、あいつらは見た目よりもずっと軽い体だ」
「そうですね。あの翼のサイズであの体重ってことは、ラーラの体重が加算しても飛び立つことができるサイズってことですよね」
「それからもう一つ。あいつらが簡単に壁に穴を開けてくるのが不思議なんだよ。念のため、あいつらの正面には立つなよ」
「そういうのこそ出発前のブリーフィングにして欲しかったですね」
「今、それを教えるブリーフィングをしたいんだが。誰かが消えてくれててな」
「もう、全部俺が悪いって感じですか。団長。それでブリーフィングで、この子についても詳しくしてもらえるんですか? みんなも興味津々ですよ」
「こいつは見たまんまだろ」
「全然見たままじゃないですって。本当に貴族の子なんですか? 昨夜は宿舎のトイレ掃除してるし。今さっきだって、ちゃんと野グソの後片付けしてました。穴掘ってから用足しする幼児なんて、俺は初めて見ました」
「ひどい! 最初から最後まで見てたんだ! 僕がウンコするとこ見てたんだ。僕はもうお婿にいけない!」
「お婿に行く気だったんだ。お嫁さんを貰うほうじゃないの?」
「三男だもん。お婿に行く方です」
エルマーはしゃがみこむと俺の手をとり。
「幸せにするよ。責任取る。おしりとっても可愛いかった。だから君のことをぜんぶお兄さんに教えてくれると嬉しいな」
「笑えないんでやめてください。あと、その手はうんこ拭いた手ですよ」
「ええ!」
エルマーは俺から手をパっと放し、ずさっと俺から後退る。
俺はエルマーに鼻を鳴らしてから、小川に向かう。
水筒の水は使い切った。汚れてるように見えなくても、お尻を洗った手だ。しっかりと手を洗いたい。
飲むな言われていた水だが、手を洗うなとは言われていない。
小川へと歩く俺の後ろでは、エルマーを揶揄う下卑た笑い声やヤジが聞こえる。
全く大人って。
「ブリュー、どこに行くの」
「ケヴィン。小川に。手を洗いたいの」
「川の水は駄目だよ。何が含まれているかわからないからね」
「ベヘモットは飲んでるよ」
「あいつらは魔獣だろ。手を出して」
ケヴィンに言われた通りに両手を出すと、彼はぼそぼそっと呪文を唱える。
すると、空中にバレーボールぐらいの水球が出現し、その球から俺の両手の上にパシャパシャと水道の水みたいに落ちてきた。俺は喜んで手を洗う。水が消えれば温風らしきものが俺の手を乾かしてくれた。
「すごい。ありがとうございます。水魔法も使えるってすごい」
「生活魔法は簡単だからね。だけどさ、エルマーがやり込められる姿なんか、ふふ、俺は初めて見たよ」
「ケヴィンもエルマーに揶揄われたの? 大人って子供の揶揄い方がしつこくて嫌ですよね」
「確かに。それで、お前はいつもそうやって大人を懲らしめてるのか?」
「懲らしめてなんかないです。事実しか言ってないです。エルマーが握った僕の手がお尻拭いた手なのは本当だし、お兄ちゃんを揶揄うオジサンの頭のカツラを剥いだのも、変な帽子だなあって思っただけですもの」
「ひで。お前ほんとに五歳児?」
中の人成人だよ。
それよか俺は聞きたい事があるんだ。
「ケヴィンはほんとうに凄い炎の魔法を使えないの?」
「未来だったら使えるのかも、だけどな」
ケヴィンはガクッとした感じでしゃがみこむ。
俺はそんな彼を目で追って、彼の足元にきれいな石があることに気がついた。
白玉団子程度の大きさの半透明な白い石だけど、紫と緑のラインが見える。
「ケヴィンの目は索敵なの? 鑑定なの?」
「え、ああ。どちらもだ。遠見もある。デュッセンドルフの始祖はオルディアート国を守るために国の守護精霊から良く見える目を与えられた、という言い伝えがあるんだ」
「ふうん。で、この石が何かわかる?」
ケヴィンは俺の指さした先へと視線を動かし、ふふっと笑ってその小石を掴む。
それから彼は石を掴んだ拳を俺に差し出す。
俺が両手を差し出すと、ケヴィンはそこに小石を落としてくれた。
「蛍石だ。良く見つけたね」
「そか。それじゃあ、濃硫酸とか、ないかな。ないよね。硫黄はある?」
聞いておいて無理だなってすぐに気がついた。生活魔法も使用できない俺が、硫黄から「接触法」で濃硫酸を生成できるわけはない。て、いうか、酸化バナジウムって何? 三酸化硫黄を濃硫酸に吸収させてとか、希硫酸を使ってとか、完全に無理だなって遠い目になるしかなかった。
濃硫酸作るのに濃硫酸に濃硫酸からできる希硫酸が必要って、どんなムリゲー。
高校の科学で化学式は知ってるけど、実際に実験した事も無いんだよな。
「のうりゅさん? 硫黄は誰かが持ってるかも。魔物の体内から時々出るからな」
「硫黄を何に使うつもりだ?」
もちろんオズワルドだ。
紐を持って現れた、ということは、そろそろ移動時間で俺を捕獲に来たのだろう。
でも彼が来て丁度いい。
彼だったらなんかできそうな気がしたのだ。俺の前世の常識とか知識でダメだと思っている壁を突破してくれそうな、そんな期待を込めて彼を見上げる。
濃硫酸が手に入れば、俺は物凄い攻撃武器が手に入るのだ。
俺は蛍石を持った手をオズワルドに差し出す。
「硫黄から濃硫酸を作りたいの。だってこの石を濃硫酸で溶かすと、あらゆるものを溶かせる凄い毒液ができるから」
蛍石を濃硫酸で溶かすと、金属だろうが何でも溶かすフッ酸ができるんだよ。




