魔の森にて賢者タイム
魔の森に入ってから二時間と少しの後、途中休憩を取ることになった。
休憩に選ばれた場所は、森が切れて少々開けた、地面が土ではなく砂利だらけの川辺である。
けれど砂利だらけなためか、小川に流れる水は透明できれいだった。
魚の影も一匹も見えないし、オズワルドは俺に水を飲むなと注意したけど。
ベヘモットはぐびぐび飲んでいるけどなあ。
「ほら、水だ」
オズワルドは小さな金属製の水筒を渡してくれた。直飲みするタイプのいわゆるスキットルで、オズワルドらしいと思った。軽く振ると、ちゃぷんと水音がちゃんとした。蓋を開けて臭いを嗅げば、仄かにウイスキー臭い。
俺は怖々と水筒に口を付ける。
「あ、ちゃんと水だった」
「お前が俺をどんな目で見ているのかわかった。俺は部下と打ち合わせがある。ここで大人しくして動くな」
俺は頷いたが、俺だって生き物だから、生理的現象の解消が必要な波を体に感じたのだ。ずんずんと。水を飲んだせいだろう。
「うんこしてきていい?」
オズワルドはぴしっと固まった。
「……俺がついて行くか?」
俺はすぐそこの茂みを指をさす。
犬の散歩だったら犬が申し訳なさそうな顔で潜りこんで用を足すだろう、俺の姿を隠せそうな茂みがあるのだ。
オズワルドは俺の指す方角を眺め、いいだろう、と呟いた。
ならばと、俺は茂みへと直進だ。
ずんずんくるんだもの。
数分後、俺は賢者タイムに入っていた。
野グソってなんて清々しいんだろう、と。
でも賢者だからか、思い出したくないことまで俺に思い出させた。
騎士達の宿舎のトイレは、どうしてあんなにも汚かったの、と。
俺は騎士宿舎にあるオズワルドの部屋にて寝起きしたのだが、偉いはずのオズワルドの部屋にもトイレと風呂が無かったことには衝撃だ。汚物処理ができるスライム槽はそれなりに場所を取るから、トイレと風呂は共有なのだろう。
だが、俺は共有トイレを見て気がついた。
騎士宿舎の個室のどれにもトイレを付けていないのは、そんなことしたらどこの部屋も悪臭漂う腐海に沈むからだろう。
共有トイレが汚すぎるよ!!
うちでは俺の部屋にも兄達の部屋にも、勿論両親の部屋にも客間にだってトイレもシャワールームだってあった。
これは、お掃除してくれる使用人がたくさんいるからだろう。
騎士団には個室ごとにトイレが無い意味を、俺はしかりと理解したのだ。
誰も掃除しやがらないんだな、と。
そして俺はトイレでしか用を足せない文明人だ。
五歳児の俺が、泣きながらトイレ掃除するってどんな世界よ。
この世界の大人達は最悪だ。特にオズワルド界隈。
俺は思い出した記憶にぷんすかしながら水筒の水を使ってお尻を清め、用足しの後片付けをした。さあオズワルド達のいる水辺へと向かう。
どんな山の奥にもきれいな公衆トイレがある日本、帰りたい。
「すごいね。君は赤ちゃんなのに大人よりもできるんだね」
俺は突然の声掛けに飛び上る。
俺に声をかけた青年は、俺の驚きすぎの様を見て笑い声を弾けさせた。
栗色の髪をした童顔のエルマーさんで、彼は外見通りに気さくな振る舞いをする人だ。けれど、そのきれいな緑色の目が笑ってないから怖いんだよ。
でも、言わねば。
「笑い声を立てちゃダメ。魔獣が寄って来ちゃう」
「周囲には魔獣はいないよ」
「犬は一キロ以上先の音も聞こえるっていうよ」
これから討伐に行くワイバーンに気付かれたらどうするの?
空からの不意を狙った攻撃は、物凄い脅威だと思うよ?
「ん、んん。そうか、お兄さんは勉強不足だね」
エルマーが突如俺を抱き上げ、ベヘモットみたいに飛び上った、とは。
もともと俺は用足しのために茂みに入っただけなので、俺の足でも一分かからずみんなが休憩している水辺に行けるってのに、何をするの!
今日が初対面の人に乱暴に持ち上げられて、びょーんと大ジャンプされたら、怖いしかないよ!!
俺は歯を食いしばって悲鳴を押さえ、エルマーに落とされないように奴の体に必死にしがみ付く。怖い時って、数秒だって長く感じるものなんだね!!
「何をやってんだ、エルマー」
オズワルドの声を聞いて、こんなに安心してしまうとは。
エルマーは俺をひょいっと自分の腕から下ろしてくれたが、足腰立たなくなった俺は地面に両手を付いての四つん這い状態だ。
「こいつが吐いたらどうする。俺が懐に入れて運んでんだぞ」
「すいません。すっごいです、この子。俺に笑い声を立てるなって注意するだけありますね。悲鳴をちゃんと押さえましたよ」
ガキに注意されたその意趣返しって奴かな?
殺す、いつか殺す。
俺が伯爵家でちゃんと成長出来た後、伯爵家の権力使って殺してやる。
お前凄いよ。無気力な俺にヤル気ださせた。
あと、オズワルド。嘘でも俺を心配する素振りして欲しいな。俺が吐いてゲロ臭くなったら運ぶ自分が嫌としか解釈できないそのセリフ、何それ、だよ。
そして俺のブラックリスト入りしたエルマーは、しれっとした顔だ。
「確認したかっただけですよ」




