遠足前のあれやこれや
ユースティスの第四週の一日の早朝。
バルバドゥス伯爵家がワイバーンに殺される五日前となる朝。
デュッセンドルフ魔獣騎士団の精鋭六名に俺とケヴィンの二名を合わせた八名は砦を発ち、魔の森へと分け入った。全員が砦に残る人達の黒服制服と違い、渓谷での戦闘を念頭に置いた灰色の騎士服姿である。
鎧どころか胸当てさえしていない。
蜘蛛型魔獣の糸を使って織った布地なので、金属製の鎧は不要なのだそうだ。
その魔獣の糸が組み合わさっている影響か、騎士服の生地は不規則な節があり、まるでシャンタル生地みたいだと俺は感じた。
見た目はね。
高強度に耐熱性もあって防刃に優れているらしいから、実際はケブラーかガラス繊維みたいなものなんだろう。
ちな、辺境の騎士団服の生地は正騎士団魔獣騎士団問わず、全てこの織物、アラネ織によって仕立てられている。今回は灰色の制服なためか、光の加減で銀色に輝いていて、そのせいで野性味ばかりの真っ赤な髪のオズワルドに、なんか静謐さとアッパーな雰囲気を与えていた。
黒の制服の時も妙にオズワルドが恰好良く輝いて見えたのは、単に生地がキラキラしていただけかと俺は胸を撫でおろす。お客様は神様ですを曲解誤用しているように、男惚れという言葉を俺は解釈違いしたくはない。
ケヴィンは、見習い用じゃなく正騎士団服を着れることに感激している。ケヴィンだけでなく他の見習いもそうだ。この度見習い騎士全員が正騎士に繰り上げられたのだ。見習いでは袖を通せない高級なアラネ織の騎士団制服を着られて、全員がケヴィンと同じように喜んでいる。
入学式の新入生を見守る先輩や親の気持ちだな、と、俺は彼等を生暖かい視線で眺めながら思った。
本当に微笑ましい。
君達は正騎士団服を与えられた意味を分かっているのかな。
死ぬかもしれない君達への餞別みたいなものなんだぞ。
見習いではなく騎士として死ねるように、ってやつ。
フラグ立つからそんなに喜ぶなよ。
「行くぞ」
オズワルドの簡単な号令がかかる。
魔の森行の乗り物は勿論、ベヘモットさんだ。
相変わらずデカい怖い。前足の方が長く後ろ足が短い所も、なんか犬猫の体つきしか知らない俺には不思議な生き物にしか見えなくて、改めて異世界の生き物なんだと思い知る。
彼等に乗るための鞍はもちろん馬用のものとは全く違った。
犬の散歩に使うハーネスみたいな形で、ハーネスには座るための薄いシートと手綱代わりの固定バーだけついている。騎乗者は振り落とされないようにバーを掴んで頑張るのが、ベヘモットの正しい乗り方らしい。
何それ怖い。
だけど実際に乗ってみると、ベヘモットでの移動はアトラクションみたいで楽しいと感動だ。軽やかな走りで風景がビュンビュンと流れて行って、なんだか空を飛んでいるみたい。
彼らは道なき道をかっ飛ばせるだけでなく、崖を飛び越え、大木を登って木から木へと飛び移ることも可能だそうだ。流石、猫系大魔獣様。
小さくなって猫に乗ったらこんな感じなのだろうな。
馬みたいに安定していないから、内臓がちゃぽちゃぽ俺の中で飛び跳ねてるケド。
で、うん。
オズワルドが俺をケヴィンではなく自分に括りつけた理由わかった。
見習いケヴィンでは、自分がベヘモットから振り落とされないようにするだけで精いっぱいだからだろう。炭鉱のカナリアな俺の消失を一番に自分で確かめたいだけで、俺の安全は二の次な可能性の方が高いけどね。
自分でわかっていても、なんか悲しいな。
さて、オズワルドが今回のワイバーン調査隊に選んだ五名のうち一名しか俺は顔を知らない。しかし知っていると言っても、焦げ茶色の短髪に体が大きないかにもタンク外見のギードさんは無口で、人となりなんか俺は分からない。
ギードさんもそうだろうから、同行する俺の知らない四人に俺のことを説明なんてできないだろう。俺がオズワルドの愛騎にオズワルドによって乗せあげられた時、彼等はとっても排他的な目で俺を見たのは仕方が無い事だ。
オズワルドの前に座らせられた上に、俺の体は紐でオズワルドに密着するように縛られているってことも考慮して欲しい。けどね、俺は五歳児の皮を被った成人だろうけど、もともとの精神は五歳児よりも儚い鬱系の人だ。
大丈夫? 可哀想、って、一ミリでも俺を慮る視線が合っても良いじゃない!!
七三分け金髪の貴公子風クレメンスとか、黒髪褐色の瞳で神経質そうなイケのアルバン、それから、白っぽい金色の短髪に筋肉脳っぽい大柄で筋肉質のブルーノに栗色の髪に緑の瞳の童顔なエルマーに一斉に「こいつ邪魔」って目でみられてごらん。一瞬で俺のSAN値はマイナスよ?
エルマーなんか、一番気安そうな雰囲気と顔立ちの癖に、俺に向ける視線は氷点下だよ。アイスと言えば、アイスブルーの瞳のブルーノだが、外見から筋肉脳的に見えても瞳には知的な光が見えた。アイスブルーの瞳から殺気を感じただけかもしれないが。
つまり、何が言いたいかと言えば、疎外感半端ねえって奴だ。
ケヴィンは当たり前だが全員と面識がある上に辺境伯の大事なご子息という事で、出発前は彼等と歓談していただけだろうけどさ、そのせいで俺への温度差が辛い。
こんな温度差に放り込みやがってとオズワルドを見上げれば、やっぱ顔が良いなとオズワルドの美男子ぶりを確認しただけだった。
陰りのある真剣な顔つきは、男の顔を何倍にも恰好良くしてくれるものだ。
「ワイバーン戦を体験した人達をギード以外は砦に残したのはなぜ」
「ガキの質問じゃないな」
「でもこれで全滅したら意味がないんだけど?」
「ケヴィンが死んだら、もう一回ができないもんな。あるいは、今のケヴィンを殺してやり直しもできなくなるか。お前の心配はケヴィンの生存だけだな」
俺の無言の顔にオズワルドは笑う。
「お前がただのガキじゃないのは分かっている。だが魔獣戦については知らんだろ? 安心して俺に任せていればいい。強いて言えば、俺が抜けた穴は大きすぎるから、体験者を残して来たってだけだ」
オズワルドは俺の頭を撫で、俺の頭を正面に向かせた。
黙って乗っていろってことだ。
オズワルドは殿だ。
目の前には六騎の騎手を乗せたベヘモットが走っている。
俺に排他的な騎士達の背中を眺める。
この隊列は俺から見て、トップをクレメンス、次に横並びで左がエルマーで右にギードの二名、ケヴィン、また横並びで左がアルバンと右がブルーノの二名、そしてオズワルドという並びだ。
排斥された俺と違い、しっかりケヴィンを守り隊だなあ。
それでいいんだけどね。
あれ、アルバンの速度が落ちて、オズワルドの横に並んだじゃないか。
「穴を開けるな」
「ですが団長。ケヴィンを同行させるなんて何を考えているんです」
俺じゃなく、ケヴィンこそ排斥案件!!




