庭に植えちゃいけない植物はミントだけじゃない
畑で拾ったマンドラゴラの遺体は、辺境伯を通して薬師ギルドに売りつけた。
金貨十枚の値が付き、瑞々しい奴は金貨五十枚だと言うから、俺は畑から飛び出ていた瑞々しい奴も拾って販売ルートに流して貰った。
もちろん市場は大騒ぎだ。
瑞々しいマンドラゴラなんて、数百年ぶりとからしいし。
としたら金貨五十枚って、もしかして少し安すぎ?
その後もっと出荷できないかという問い合わせはあったようだけど、マンドラゴラは魔獣除けで植えているだけで、抜けていたのが見つかっただけだからと断りを入れるしかない。うちのマンドラゴラさん達が俺に気絶攻撃しかしないのは、刈られない事が前提だって知っているから害を成さないだけであるし。
そしてそんな騒ぎの中、俺はバレ領に向けてマンドラゴラの鉢を二鉢送った。
一鉢金貨五十枚の鉢を二鉢も送るのは、非常識な行為?
ユーグは領地に戻ってすぐに、たくさんのアンチョビ瓶を俺に送ってくれた。それに彼の娘のソレイユ・ルージュとカミラがバレ領に戻る時に、俺とオズワルドも便乗してバレ領を訪問する予定だってある。そんな親交のある相手への贈り物なのだから、それが高価な鉢植えだとしてもなんらおかしなことは無いよね。鉢植えの贈り物など貴族ではよくあるものだし。
それに僕は期待を込めたんだ。
マンドラゴラがバレ領から海の魔獣達を追い払ってくれるかもしれないって。
「悪辣だよなあ。絶対に鉢を盗ませるのが目的だっただろ。わざわざデュパール領を迂回するルートにしたのは、誘ったんだよな、お前は」
「え~。盗ませたく無いし中抜きされたくないからのそのルートでしたよ~」
実際デュパール通ったら、マンドラゴラは危険物だからって保証金をぶっかけられた上、デュパール伯に自分にもマンドラゴラの鉢をよこせと袖の下代わりの要求をされていた事だろう。
「俺はデュパール伯に、大事な鉢植えを絶対に差し上げたくなかったので」
俺はニヤニヤ顔でうんざり顔の男に答える。
彼は思いっ切り嫌そうな溜息を吐き、「嘘吐き」と俺を罵った。
俺のマンドラゴラ便は、それはもういい仕事をしてくれた。
過剰な程に。
高い通行料を取るデュパール領を避けたはずの俺のマンドラゴラ便は、想定通りに運送途中で賊に奪われ行方不明になった。その後、デュパール伯爵様の住居にて発見されたのである。痛ましい状態で。
「伯爵とその家族に家令と数人の使用人の死体が邸内で転がる中、伯爵邸のサンルームと日当たりの良い中庭にてマンドラゴラだけが青々と生き生き大繁殖していた? おっそろしい話だな」
「ほんと、恐ろしい草ですよね」
俺はマンドラゴラの繁殖力から、ミントテロしてやるか、程度の気持ちで盗ませたのだ。抜いたら即死な魔草に領地が浸食されるって怖いだろうなって、その程度だったのだ。
それがデュパール伯爵と彼と一緒に悪巧みしてた奴らを全部殺して、伯爵邸を誰も住めない死の館にしてしまうとは。
「君の計画通り、だろ?」
「失礼な。俺は絶対にユーグに渡してあげたくて、配送料にかなり金をかけたんです。なのに盗まれた上に非難されるって、泣きっ面に蜂です。とっても悲しい」
配送を頼んだ業者がデュパール伯爵の息がかかった奴なのはわかってたけど、そこの商会長もデュパール伯爵家で息が無くなっていたのは出来過ぎで怖いぐらいだけどね。
「嘘吐き。ほんと、おっそろしい奴」
「本当に恐ろしいのは自称学者さんですよ」
デュパール伯爵は王妃の実父である。
彼の死が原因不明なんて事態は大ごとだ。
そこでちょうどデュッセンドルフに滞在していたダンジョン調査団に、デュパール伯爵の不審死事件の真相究明の命が下されたのだ。
王妃一派は調査団に忖度させて、俺やデュッセンドルフに実家の不幸の責任を負わせたかったのだろう。だが、王弟のアンリ・ジェラールがそんな意図など理解しない堅物だったのは、誰にとっても誤算だっただろう。
彼は学者として、また警察官顔負けの調査手腕を発揮し、今までのデュパール領で行われていた不正を全て表沙汰にしてしまったのである。
これこそ王弟様の目的だったのかよ、と俺が疑うぐらいに。
「いや、疑うべきは、今までデュパールにいいように搾取されまくっていたデュッセンドルフとバレの間抜け具合だよな」
「そこは心にしまっといて。俺も情けなくて泣きそうだから」
「ヴァルター。一番泣きたいのは王妃様だよ。ご家族と家名と領地を無くしてしまったのだもの」
「どの口でそれ言っている?」
「この口。なにか喋っていないと、笑い出しそうなんですよ」
「わかる。俺もそんな感じ。連徹は情緒がおかしくなるよね」
「そうか、ヴァルターの情緒がおかしかったからですね。ヴァルターの執務室で俺が書類仕事をしなきゃいけないのはおかしいなって、俺は昨夜からずっと思ってたんですよ」
二者面談みたいにヴァルターの執務机に少々小型の机くっつけて対面状態で、次から次へとヴェルタ―が俺の机に滑らせて来る資料から書類を作って? という作業を続けて二日目だ。
なんで俺はまだ十四歳なのに社畜みたいな扱いされてるの。
これって児童虐待かなって気付いてよ、ヴァルター。
俺はヴァルターへと顔を向けるが、ヴァルターはその返しとして俺に新たな書類束を俺の机と滑らせてきた。え、今日の昼までに仕上げとかなきゃいけない奴?
「おい。ヴァルターさんよ」
「黙って仕事すればすぐに終わるし、大体これ全部ブリューのせいでしょうが」
「俺のお陰で領地が豊かになったなあ、で、感謝しろよ」
「感謝できるか!!どうして解体されたデュパール領の三分の一をうちが受け入れねばならないんだ!!」
「今までの魔獣討伐に対する王国からの褒賞や支援物資を中抜きしてた分の賠償が払えないから、領地移譲しかなかったからじゃないですか。でも必要な立て直しが多そうで、確実に不良債権ですねえ」
「他人事かよ!!全部ブリューのせいなのに!!」
「ええ~。僕のせいじゃないです。自業自得ですよ。ユーグなんて可哀想。カミラに贈るために真珠を加工しようと契約した商会がまんま詐欺で、全部デュパール伯にかすめ取られて泣き寝入りしてたなんてね。魔獣だらけの海で頑張って採取した真珠が奪われてたなんて許せないよ!!ヴァルターだってそうでしょ」
「ああそうだよ。実はデュパール潰れてざまあ思ってるよ。ああ、俺はすっかりブリューに染められてしまったあ!!」
ヴァルターはわざとらしく大声を上げて嘆いて見せる。
両手で両目を覆って天を仰ぐ、そのポーズは彼の形の良い顎と首のラインが際立ち、俺はもっと彼を悩めさせてやろうという気になる。
「…………」
「黙り込んでどうしました?」
「君は慰めないんだね」
「ヴァルターの顎ってキレイな形だなって見惚れてました」
「にゃあ、な。あ、顎がキレイで喜ぶ男がいるか!」
うわ真っ赤。
一時はワイルド系を狙って無精ひげを生やしてたが、やはり綺麗にひげをそった純朴で真面目一辺倒男な感じの今の彼の方が良い。こっちの方が前世の若者っぽくて、俺が気安く感じるんだよ。
「俺はヴァルターの顎は羨ましいですね。きっと貴婦人達は、あなたの顎を撫でてみたいって夢想しますよ」
あ、ヴァルターが俯いて黙り込んでしまった。
耳まで赤いが、怒ったか?
「…………なのか?」
「何がです?」
「貴婦人は、俺の顎が好きなのか?」
勢いよく顔を上げたのは、勢い付けなきゃ聞き返せなかったからか?
頬を真っ赤にして、十歳ぐらいの子供の顔に見えるぐらい幼い表情。
俺の中の悪魔が囁く。
もっと褒めてもっと真っ赤に可愛くしちゃえ、と。
「顎だけじゃなくて、あなたは貴婦人達が好む外見をしていますよ」




