泥を被る用意はいつだってある
オズワルドはむっつりと不機嫌顔だ。
なぜならば、彼もフライパンピザが食べたいのに、領主館の厨房にあったアンチョビの瓶がどれも空だったのである。
ヴァルターとユーグに大好評だった俺のフライパンピザのレシピ、そういえばデボラさんに教えていたなと、俺は自分のしてしまった事を忘れることにした。
その代わりとして、今度はちゃんとしたピザを焼くと約束したが、そういえばピザソースの風味出しにはアンチョビが必要だった。それで今は無理だと言ってしまったものだから。……しばらくピザを食べられないとオズワルドはお冠なのだ。
だからって魔獣騎士団の詰め所に連れて来て、部下達に俺を罵らせるなんてなんて酷い。俺はオズワルドのピザだけならなんとかだけど、こいつら全員のピザは焼けないぞ。
「最近ブリューはヴァルターにばっかり媚び売ってる。わかっている?」
「エルマーの言う通りだ。そうだ。アルバンは聞いたか? ブリューはバレの大将と親子の盃を交わしたそうだよ」
「ブリューの裏切り者!!そんなに海の方が好きなのか!!」
「なんか台本読んでるみたいな?」
「台本だと分かるならば言いなさい。ごめんなさい。許してもらうために何だって言う通りにします、と」
「ぜったい言わない。じゃ、ユーグにアンチョビ瓶を追加させるから、追加購入分のアンチョビ代と輸送費の頭割をお願い」
「ブリューの僕が何とかしますの何とかは、俺達を搾取するとこから始まるのか」
「ブルーノ。ついでに頭割りなんて恐ろしい単語も出していることに気付いて。この悪魔は、俺達に団員達一人一人から金を徴収しろって言っているんだよ。エルマー、なんとかして」
「すまない。ブリューが地獄の畑からやって来た生物だって分かっていたのに、俺が責め方を失敗したせいだ。ここはもう一度ブリューを畑に埋め直して、素直で可愛いぴちぴちお尻のブリューを呼び戻そう」
「わかったよ。俺がアンチョビ代出す。けどな、そうしたら大した数を揃えられなくて、オズワルドのピザ焼いて終わりだな。でもそれでいっか」
不機嫌なオズワルドからも、うむ、と嬉しそうな頷きが聞こえた。
基本オズワルドを一番大事にすればオズワルドの機嫌は直る。オズワルドはね。
「良くない」
「そうだ。そして俺は知っているぞ。ブリューが稼いでいることは!」
「だからクルセイダー特許はみんなで頭割り案を俺は提示したじゃねえか。それを蹴っといて、俺が稼いでいるって言いがかりはなんだ?」
「そうじゃなくてさ。バレの魚のオイル漬は別に高級食材じゃないでしょ」
「エルマー。ユーグは貧乏領で食材も少ないって嘆いてた。瓶詰の在庫もそんなに数が無いはず。だから需要と供給で高くなるかなって見越しての計算だよ。タダ同然と思ってた郷土料理が高く売れたら、きっとバレ領は少し潤いますよね」
「――高く買ってやるの間違いじゃないの?」
「でも価値あるのホント。あれは調味料にするとすごく料理の幅が広がるものなんだ。領主館の料理人達が、あれを一気に空にしたのは使える食材だと気が付いたからだし。あと、貴族は誰でも手に入る品よりも、高価な希少品にこそ心惹かれるもの。だから最初に高く買って値を固定させます。そこから需要と供給を見てもっと上げる。今までデュッセンドルフとバレの恩恵を享受していた奴等から、この機会にしっかり搾り取ってやるのはどうでしょう」
「待って。もしかして、ブリューはバレ領の商売に口出して、そこから顧問料とか貰うつもり?」
「労働の対価って必要ですよ」
「「「悪魔!」」」
酷い。
俺一人にバレのアンチョビを購入させて、好き放題に食べられるぐらいのピザを俺に焼かせようと目論んでいる奴らのくせに。
「無理だな」
オズワルドの静かな声に俺達はしんと静まり、俺達は興味を持って続きを待つ。
無理だと言いたかっただけの男は「しまった」という顔をちらっと見せたが、俺達の期待する瞳にほだされたか、無理と言った理由を説明しだした。
「高くしたくともデュパール領が横槍を入れる。そもそもあの領が王都からの物資の中抜きをしたり、こっちに来る商人達から通行料をせしめてくれるお陰で、こっちの物流が滞っているところがある」
オズワルドって、馬鹿な振りしているけれどちゃんと見ているんだよな。
彼の説明を聞いた俺は、むかむかした気持ちのまま呟いていた。
「やっぱ潰すか、デュパール」
「今日は晴れみたいな感じで恐ろしい事言わないの! エルマー、どうしたら」
「ええと。マンッッドラゴラさん達見に行こう!!」
「あ、そうだね。そうだ。ブリューが来ないって畑のみんなが泣いてるぞ」
「そうそう。俺達が護衛してやる。昼飯持って行けばピクニックだぞ。ブリューはピクニック大好きだもんな」
エルマー達はまるで子供番組のお兄さん達のようだ。
俺は中の人のことを抜いても、十四歳という働ける年齢なんだけど。
それに、真冬だぜ? 誰が真冬の畑に行きたいと思う?
けどこの場所にいたら、ヴァルター達に振舞ったピザをオズワルドと魔獣騎士団のみんなには振舞えない事について、グチグチと責め続けられそうだ。だったら、外に出た方が風邪ひいたふりして家に逃げ帰れるワンチャンあるかも。
俺はエルマー達に出来る限り子供っぽい笑顔を向け、行く、と答えた。
それは失敗だったな、と畑に着いた途端に思ったけれど。
「どうしてこうなった」
俺が呆然として呟けば、俺の背もたれになりながらベヘモットの手綱を取っているオズワルドが、うんざりとした溜息混じりの声を出した。
「俺達こそ知りてえよ」
真冬のはずのデュッセンドルフなのに、畑のマンドラゴラ達が日光浴が楽しいという風に青々とした葉をゆらゆらと揺らしている。
ていうか、半径十メートルの魔獣除け結界が重ならないように間隔をとって植えたはずのマンドラゴラが、畑の畝という畝に密着してずらっと植わっているのだ。
「繁殖力が凄いのかな」
「そうだな。自分で歩いて来たなんて考えちゃいけないんだよな」
俺達の目の前で、ぴょんと一本のマンドラゴラが弾け飛んだ。
隣に埋まってた葉っぱがそいつの葉っぱを掴んで飛ばしたように見えたが、それはきっと俺の見間違いだろう。ほらだって、飛ばされた奴は地面に一度ゴロっと転がった後、一番近くの畝に埋まってしまったじゃないか。
あ、また飛ばされた。
「これが俺の領地かあって思うと、なんか悲しくなるんだけど、なぜかな」
「わあ、もう領民がこんなにいっぱいって喜べばいいと思うよって、痛い」
後頭部叩かれた。
でもさあ、俺だってどうしたらいいのかわかんないなあ。
呆然としてるだけではいけないか。
俺はベヘモットから降りて、畑の中をモソモソと歩いて行く。
それで、見つけた。
仲間に畝からはじき出されて埋まるとこなくて、干からびて枯れてしまったマンドラさんの遺体を。
「これは使えるな。使える」
デュパール領にデュッセンドルフやバレが飲まされてきた煮え湯を返してやる方法を俺は思い付いたのだ。
俺は畑の真ん中で叫ぶ。
「マンドラさん達ありがとう!!肥料をマシマシしてあげるよ!!」
返事のようにして、マンドラゴラの葉っぱがざわっと大きく揺れた。
「美味しいです、アンチョビ。追加購入お願いです」
「ええとブリュー、あれはアンチョビって名前じゃなくて」
「アンチョべ?」
「ええと、」
「ユーグ。ごめんな。ブリューのせいで砦はもうあれをアンチョビとしか呼ばんのよ。それでうちの厨房ももっと欲しいって煩いから売ってくれる?」
「買ってくれるのは嬉しいけど、ヴァルター。あのね。あれはほんとはディディカルファルファのオイ」
「アンチョビ?」
「アンチョビだよな、ユーグ」
「…………うん」
バレ領の小魚のオイル漬の名称は「アンチョビ」で固定しました。




