ファンタジー世界だったね、そういえば
実は仲良しなんじゃないかと思う程の阿吽の呼吸で、ヴァルターとユーグは俺をカミラとユーグが使う客室に一番近いサロンに連れ込んだ。これから酒盛りかなと考えれば、俺の脳裏にオズワルドのうざったい酔っぱらい絡みが浮かんだ。
そこで俺は奴らに酒を飲ませないことに決めた。
俺がいれば酒が飲めないならば、俺を解放するかこの場を解散してくれるだろう。
それで頑張って俺が動いたのが仇になった。
厨房は火が落としてあった。
暖炉の火を使えば良いじゃないかと、俺は暖炉の火で出来るフライパンピザを焼いてしまったのである。それもありあわせの材料で、生地だってなんちゃってナンだったのだが。
奴らは一口食べた途端に奇怪な雄叫びをあげ、俺が用意したハーブティーなど飲んでられるかと、凄い勢いでどこぞへと消え去ったのである。
俺に、喰うな冷ますな、とか言いつけて、だ。
そういや、アンチョビとブラックオリーブとガーリックに沢山のチーズは、普通に旨いソースレスピザだったよな。ああ、失敗だ。
数分後、足音煩く物凄い勢いで戻って来た奴らの腕には、酒蔵から持って来たらしき発砲酒(多分こっちではシャンパン的ないいやつ)の瓶がゴロゴロである。
どんだけ飲むつもり? 本当は仲良いよな、お前等。
「すっっっご、うま。なんでブリューは女の子じゃないの!!」
「わかる。わかった。君が結婚に目が向かないのは、こんな可愛い癒しがいるからか。ああ、我が領の郷土料理が、こんなに美味しいものだっただなんて!!」
俺が普通にアンチョビだと思って調理場から盗んだ食材は、バレ領の郷土料理で土産品としてデュッセンドルフに持ち込んだのだそうだ。しかしユーグ自身は料理など知らないので、調理法など伝えられない。それで俺に見いだされるまで、それは数日間ずっと厨房に放置されていたみたいだ。
「そちらではどんな風に食されてたので?」
「ちぎってゆでたキャベツや、ふかして潰した芋に混ぜ込んで、かな。うちは海辺で農耕に適さないし、海頼みの漁だ。貧乏でな。けれど、ブリューが作ったコレは、贅沢どころか領地の食材で気軽に作れる。物凄く旨いしな。広めていいか?」
「どうぞ、どうぞ。それで、海があるならば交易船とかの発着などはないのですか? 港の使用量とかで稼いだり?」
「交易船自体が来ないのだ。我が領の近海にな、ダンジョンがあるんだ」
「我が領が魔の森の浸食と戦ってきたように、バレ領は海から這い出る魔獣、海魔と言うのか? との戦いの歴史なんだよ」
「そして、我らが海の脅威に立ちはだかるから、我らは生存を許されている」
ユーグは、良かったよ、としみじみと殆ど溜息のようにして呟いた。
ユーグの目尻には涙も光る。
俺は何も言うことは無いからと、二枚目のなんちゃってピザが入ったフライパンを暖炉の火の中に突っ込んだ。
「その赤い実は毒じゃないのか?」
「俺はその葉の臭いは嫌いだ。抜いて」
「トマトにバジルはお約束なんだよ。出されるものは黙って喰え」
「私にそんな風に言えるなんて、なんて感動だ!」
深夜に労働させられている俺に余裕があるものか。
このまま打ち首にされてもいい気持ちで偉い方々に吐き捨てた俺は、暖炉に突っ込んでいるフライパンに注意を戻す。焦げたら洒落にならない。後始末をするのは俺だからな!!
でも、ヨーロッパ風味のこの世界に普通にジャガイモとトマトに似た野菜があって良かったと、俺はチーズがぐつぐつしている様を眺めながら思った。あと、サンルームで夏野菜を育ててくれてた領主館の料理人さん達にも。
そして労働に疲れた俺は黄昏る。
コーヒー飲んでチョコが喰いたい。
どうしてそれだけは無い世界なんだろう、と。
「ご、ごめんね。今度欲しいものを買ってあげるから」
「欲しいものを作っちゃう彼には、出資金を出してあげる方がいいよ」
「そうか。あのクルセイダーも彼の作品か。あれは魔獣には効かないと思うのだが、個人的に欲しくて堪らないよ」
「的を射抜いた時の感覚が気持ちいいんだよねえ。ゴブリンやホーンラビットぐらいならあれは通用するから一般化したいけど」
「重さと反動だね。使わせたい対象者こそ非力でムリだ。けど、あの反動を制した時の気持良さもまた。私は撃ちながら想像したよ。あの憎き大型にこいつをぶち込んでやれたら、と」
「水中のフカには砲弾も威力を失うものな」
「ああ。それにあいつらは集団で来るからな。銛で仕留めようにも、近接戦など自殺行為だ」
「わかっているならば、妹の為に単独で潜るのは止めて欲しい」
「わかっている。だが、これは我が一族の悲願であり、私の夢でもあるんだ。海の底のダンジョンに潜り、あれを破壊する」
「踏破でなく破壊か。それで平和な海が戻ったとしても、妹は大事な夫を、姪は父を失う。最悪だな」
「化け物でしかない私は、娘が物心つく前に消えた方が良いからいいんだよ」
どん。
「わっ」
「わわっ」
二人の間のテーブルに、俺が第二弾のフライパンを置いたのだ。
ちょっと乱暴に。
せっかくの楽しい飲みに、死んだ方が良いとかの鬱用語は必要ない。
「第二弾だ。喰え」
「は、ハハハ。君は本当に繊細な外見の癖に豪胆だな。私に脅えることも無く、こんな風に普通に接してくれる」
自分を化け物とかほざく男の対面に座る男は、ちょっと罪悪感を覚える感じで視線を宙に泳がせた。ヴァルターこそユーグから逃げ回っていたからなあ。
俺は二人が座るどちらかのソファではなく、お誕生席って前世では呼ぶ位置にある一人がけソファにドカッと座る。
「俺も飲みますんで、俺のグラスに氷入れてください」
「ベランダの雪は腹を壊すよ」
「私は氷は作れない」
「ヴァルター失格。ユーグは、自称化け物ならできないじゃない、やって見せてくださいよ?」
ヴァルターは額に手を当て、しまった、と呟くがもう遅い。寝たい時に眠らせて貰えなかった子供の機嫌は、ちょっとやそっとじゃ直らないのだ。
俺はグラスをぐいっとユーグに向ける。
ユーグは自分に向けられたグラスにただ驚くばかりで、………固まった。
一分ほど?
ワハハハハハハ。
部屋全体が揺れる程の爆笑。
彼は、ごめんと俺に謝りながら、俺のグラスを受け取って発泡酒をグラス半分ぐらい注いで俺に手渡した。笑顔の彼だが、瞳が少し水っぽく煌いている。
「ごめん。出来ない事がある奴が、化け物のわけはないよな」
「わかればいいです。俺なんて、生活魔法も使えないし、非力だし、きっと年齢半分の女の子にも喧嘩すれば負けます。そんな俺を脅えさせてから化け物自称してください。いつだって受けて立ちますよ」
「ハハハハ。ではお言葉に甘えて、私の全てを知ってもらおうか」
「ちょっと、ユーグ」
ヴァルターが制止はしたがユーグは立ち上がり、羽織っていた上着を脱ぎ棄てた。
それだけじゃなく、豪快にシャツまで脱いでしまったじゃないか。
そして上半身裸になった彼は、脱いだ時と違ってなんだか覚悟を決めるみたいな顔で深呼吸をしてから、俺に対して背中を向けたのである。
ヴァルターの、俺の、息をのむ音。
「どうだ? 怖いだろう。気味が悪いだろう!!これがバレの秘密だ」
俺は頭が真っ白になっていた。
だって、ユーグの背中はこの世界がファンタジー世界だって証拠なのだ。
「すげーカッコイイ」
前世の中二病で十代なゲーム脳に戻った俺は、ユーグの背に感激していた。
彼の瞳のような鮮やかで透明感のある鱗が、背中の肩甲骨の辺りを羽を広げた蝙蝠か蝶のような形で飾っているのである。
「どこが化け物? この背中見たら、絶対に私のお父さん凄いカッコイイですよ。息子だったら自慢だね。何て綺麗な鱗なんですか。宝石みたい。一枚欲しい」
ベリッ。
え?
凄い勢いで鱗を一枚引っぺがしたとは。血が、血があああ、ですよ。
それで、上半身裸で背中から血をたらしている大男は、俺に振り返る動作の勢いのまま俺に襲い掛かった。
覆い被さるようにして両手で俺の手を握られた、ってだけなんだけど。
俺を凝視する瞳は狂気を孕んで爛々と輝いている。
「あの」
「あげる。望むだけ私の鱗をやろう。君は娘の婿だ。君は今から私の息子だ!!」
「はふっ」
どうしてこうなったと俺はヴァルターに助けを求めたが、ヴァルターこそどうしてこうなったという自問中だった。いや、本当の化け物に脅えるだけの人に成り下がっていた。
「俺のせいだ。俺のせいだ。ブリューの奴隷製造機ぶりを甘く見ていた。どうしよう。グラナータに殺される」
混乱した男達の飲み会はまだまだ続くのかっ。




