真夜中の知らせは良いことない
真夜中の電話は誰かの訃報の知らせに感じてしまう。
それと同じで、真夜中に玄関ドアを砦の兵士に激しく叩かれれば、尋常でない何かが起きたはずなのである。
隣国の侵攻か、迷い大型魔獣の来襲か。
しかし案ずるなかれ。お生まれ、のお知らせだった。
母体も元気、赤ん坊も元気、父親も元気。
砦中がお祝い騒ぎなのに跡取り息子がいないのは恰好が付かないからと、ご両親様がヴァルターを連れ戻しに兵を送っただけである。逃げたら捕獲せよと?
「ヴァルター。カミラさんが分娩中なのにうちに来たんだね」
「だから俺は何度も、砦にあいつら連れて帰ろうとしたでしょ」
「……仕事を持って帰れば、カミラさんの旦那に寄り添う仕事を放棄できると? このばか! そんなだからモテないんだ!!」
ぷくく。
ぶふぉ。
ヴァルターを迎えに来た砦の兵士は、隠すことなく吹き出した。
けれど彼らの素振りが跡取り坊ちゃんを軽く見ている感じどころか、魔獣騎士団のみんながオズワルドに対してするような振る舞いに見えた。
それにヴァルターだって、兵士の振る舞いに恥ずかしがるどころか、前髪を掻き上げながら一緒にニヤニヤするなんて余裕ある素振りだ。数か月前はこんな人じゃ無かったよな。寝起きのボサ髪に生成りのパジャマにガウンを肩にかけた姿でしかないのに、今のヴァルターは、か、カッコイイ、なんて言ってやるものか。
だって俺達の後ろで、圧が、圧が。
俺は思わずヴァルターの腕を掴む。
「何かな。ブリューって。ふゎっ」
ヴァルターも後ろからの魔王の圧に気が付いたようだ。
分かりやすすぎるぐらいに、身を捩った驚きのポーズをしてくれた。
それでもヴァルターの威厳が消えないのは、兵士達こそその存在の怒りの圧を受けた一瞬で、ちびりそうになってしまったからであろう。
オズワルドは人を起こすのは大好きだが、自分が起こされるのは大嫌いなのだ。
「ブリュー一緒に行ってくれるな?」
「ヴァルター。一人で行けよ」
「魔導具。君に見せてやれるように取り計らう」
「別にそこまで見たいわけ」
「……俺は眠いんだ」
不機嫌極まりない地獄の底から響いたぐらいの低音ボイスには、かなりの殺気が籠っていた。玄関ホールに立つ者全て、ダンジョン踏破したヴァルターでさえも例外なく、幼い子供がメトゥスボーラに出会ったみたいに恐怖に凍った。
※メトゥスボーラに出会ったみたい→デュッセンドルフの言い回し。最凶の恐怖。
俺達が砦に到着した時は、すでに砦内の喜び騒ぎは終わっていた。カミラさんは力を使い果たして爆睡、産声を上げたばかりの娘も熟睡、ということで、お付きのメイド数人を残して砦の住人は翌日の祝いの宴に備えて眠りについたのだ。
ヴァルターを呼び戻す意味は? と俺こそデボラさんに尋ねたくなったその時、俺はわざわざヴァルターが呼び戻された理由を知った。
人生最大の喜びを分かち合いたい父が、興奮が冷めやらぬハイテンションの男が、己の幸せを聞いてくれる生贄を求め、一人寂しく寝静まった世界を彷徨っていたのである。
「ヴァルター!!俺の娘が!!物凄い美人がこの世に生まれたぞ!!」
金髪の巻き毛にエメラルドグリーンの瞳をした、なんかライオンの化身みたいな大男がヴァルターに抱き着いた。ユーグ・バレ伯爵。カミラさんの旦那だ。彼が豪快で海賊のような雰囲気なのは、バレ領が海に面した領地であるからだろう。
「聞いてくれ。髪と瞳の色以外、全然俺に似ていないんだ。カミラはやってくれた。俺の為にやってくれたんだ!!」
外見が似ていないことが嬉しい?
ヴァルターをぎゅうむと抱き締める大男は、誰が見てもキレイな顔立ちだ。
豪快で思わずライオンを想像してしまったぐらいに、彼はとてもワイルドだから楚々とした感じに娘はなって欲しいと? カミラさんて美人だけど、そんなはかなげな感じはないよな? と俺の首は勝手に傾がる。
「君に似ていても素晴らしい子だよ。だが俺に姪ができたとは。なんと喜ばしいことだ。おめでとう。そしてありがとう。我らの幸せは君のお陰だ!!」
抱きしめられたヴァルターは右手でユーグ氏の背中を叩くが、なぜ俺の右手首を左手で掴んだままなのだろうか。
て、いうか、どうして俺を領主館に連れて来たの?
そりゃ、お世話になった方々の吉報なのだから、心からお祝いしたいよ。
だけどね、深夜に家族でもない俺が訪問するのは、いくらなんでも非常識。
ついでにパジャマにコートを羽織っただけの姿は、非常識を超えて不敬な処罰対象じゃないの。というか、パジャマだから良いって思ってる? ちゃんと着替えているヴァルターの横にこんな姿の俺なのに、誰も咎めて来ないのはなんで?
「今宵は眠れそうもない。すまんがヴァルター。俺と喜びを分かち合ってはくれないか。俺は今、この幸せを語り通したいのだ」
あ、それでか。
ヴァルターはユーグさん苦手らしいって、オズワルドが言ってたものな。
この喜びを朝まで飲んで語りつくそう会がきっとあるだろうと考え、ヴァルターは俺を砦に連れて来たのか。で、お子様の僕が眠そうだから、明日に、とか言うつもりで俺はこの恰好のままでも良いと?
「うわっと」
「どうしたヴァルター」
俺は、ふざけんな、という怒りを込めてヴァルターの足を蹴っていた。
俺の足力に雪駄じゃ、大した威力もないけどな。
「ハハハ。はやく君に紹介しろって怒りん坊がね」
「怒りん坊? おや、ヴァルター。この子は?」
ヴァルターを抱きしめていたユーグは、初めて気が付いた、という風にヴァルターの肩越しに俺へと視線を向けた。
「噂のブリューだ。姪の誕生が嬉しいばかりに、彼を土産に連れてきてしまった」
「わお。あのマキュベリが会おうと躍起になっている噂の彼か。私はユーグだ」
「初めまして。ブリュー・グラナータと申します。お嬢様のお誕生、おめでとうございます」
俺は笑みを作ったが、口元がひくひくとひくつく。それはヴァルターに思う事があるからだ。俺が土産だと?
「お母上が仰ってた飴細工の妖精。本当にその通りだな。なんて可愛らしいんだ。それで不思議な服を着ているが、彼は異国の王子様なのかな?」
ユーグは俺に不快感を抱くどころか、口説きに使えそうなかすれた甘い声を出し、茶目っ気に微笑んでウィンクまでしてみせたじゃないか。――ヴァルターがこの人に苦手意識持っているのは納得だ。
だってこの人陽キャで、こんな技ヴァルターには使えない。
「パジャマって言うんだって。この子が考案した寝間着だよ。着心地はいいし、いざという時はこのように何か羽織れば外にも出れる。俺も気に入ったから貰って来た。この子はこういう風に色々面白いことを思いつくんだよ。君も困っていることを相談してみては?」
ヴァルター?
パジャマが素敵って関係ないよね。ベッドに戻って寝直してる俺に毛皮のコート巻きつけて、俺を担いで連れ出しただけだよね?
「そうか、そうだな。あのマンドラゴラの畑を作ったこの子ならば、我が領の悩みを解消できる方法を思いつくかもな。ヴァルター。いい贈り物だよ。ブリュー君。今夜は眠れそうもない私に付き合ってくれ。一晩中相談に乗ってもらうぞ」
…………。
俺は自分の手首を掴んだままの男と、妻と子への気遣いはありそうなのに他所の子には気遣いどころか我儘を押し通そうとする男を眇め見た。
「おい。お前等が夜通し語り合うのは別に構わんが、お子様の俺を巻き込むのはやめてくれないかな?」
「凄いな。私にこんな言葉を返す子は初めてだ。娘の婿にもいいな」
「だろう? マキュベリからの悪意からは遠ざけたいものだ」
「そうだな。さあ、ブリュー君。君も困りごとがあるんだろう? 今夜は互いの悩み事を相談し合おうか?」
俺の左手首はガシッと初対面の男に掴まれた。
右手はヴァルター、左手はユーグ?
なんか前世で見た囚われた宇宙人の図だなあ、と、ずりずりと大男達に引き摺られながら俺は思った。




