これから死んでいく男
男は目覚めてハッとした。
自分は死んでいたはずだった。
しかし身じろいだ途端に全身が痛みで悲鳴を上げたことで、自分の身に起きたことは全て事実だと認めるしかなかった。
左足が無いのは、あいつらに噛み砕かれたからだ。
右手も肘から先が無いのは、自分が最大級の攻撃火炎魔法を放ったからだ。
この全身を包帯で覆わねばならない状態は、自分の魔法で全身の皮膚が焼かれてしまったからに他ならないであろう。
「目覚められましたか。光魔法でもここまでです」
静かな女性の声に視線を向ければ、彼のパーティメンバーだった女性が彼に向かって微笑んでいた。目元は涙に濡れている彼女は、光魔法師の装束となっている。光魔法師の装束と言っても、灰色地に金の糸で蔦模様が刺繍されているだけのストールをいつもの冒険者服に纏っているだけだ。だがそれを彼女が身に着けているという理由は、一つしかない。
光魔法師と司祭にしか出来ない、死んでいく魂への救済の祈りをするためだ。
そしてもうすぐ命が尽きる人は、この全身包帯塗れの彼しかいない。
「――ひとつ聞きたい。俺はあいつらの巣は潰せただろうか」
「はい。あなたの命の代りに、あの巣は壊滅出来ました」
男は安堵にホッと息を吐く。
彼が現在このような姿になってしまったのは、二十年来の憎しみの元である魔獣を壊滅させるためにそいつらの巣に魔道具を仕掛けに行ったからだった。
魔導具は仕掛けられた。
しかし彼は立ち去るその時に、一匹の魔獣に見つかり左足に喰いつかれた。
このままでは目覚めた魔獣達が巣から飛び立ってしまう。
そこで彼は自分の魔法が魔道具に引火することを願いつつ、自己最大の攻撃魔法を放ったのである。
「これでまた百年は平和な世界になるかな」
「どうでしょう。巣はあそこだけではありません。なのに、今日からあなたがいない世界です。あなたがいない世界で、私達はどうしたらいいのですか!!」
あとは任せる、と彼は言えやしなかった。
魔獣に蹂躙されて人の生活が壊れて二十年だ。
二十年、人間は人間の生活を取り戻せなかったのである。
「すまない」
「いいえ。わた、わたしこそ申し訳ありません。あな、あなたを安らかに見送るべきところなのに、あなたをくる、苦しめてしまった」
「いいよ。もっと責めてくれ。それで、ああ、俺も君に名もなき騎士の歌を送ることになるなんてな。すまない。ああ、ほんとうにすまない」
彼の眦からひと筋涙が零れた。
死にゆく彼は残していく愛する人を想い、悔しいばかりだった。
きっと彼女もあいつらに喰い殺される。
ああ、あの日をやり直せたら。
あの日の俺に、気を付けろ、と伝えることができるならば、と。
けれど死の床にある今の彼に出来たことは、意識をそこで失う事だった。




