第八話 刀も酔っ払うので
「うまっ!なんだこれ!」
最初に出された吸い物を、あっという間に腹に収めた太助は、
次々と運ばれてくる大皿料理に目を輝かせ、取り分ける間もなく──
「どりゃあ!」
「これも……うんめぇぇぇ!!」
ひとり戦場のごとく皿を攻め立てておりました。
耕牛がアラの湯引きをつまみながら呆れ気味に言います。
「……これが和華蘭料理な。卓袱料理とも言われるが」
「ほー、耕牛でもわかんねーことあんだな……
これもうまっ! こりゃ五年分は食えるぞ!」
「“分からん料理”じゃなくて、“和華蘭料理”な。
あと、さすがに五年分も出てこねーし──
シーボルト先生もいらっしゃるんだから、ちゃんと取り分けてから食えよ」
シーボルトは紹興酒をちびちびと飲りながら、天ぷらをつまんでおります。
「いえいえ、大丈夫ですよ。この甘鯛のTempuraは本当に最高。
そして太助さん、いい食べっぷりですね」
「そうだろ!シーボルトの旦那も遠慮しないで食ってくれ!」
シーボルトに酌をしてもらった紹興酒を嘗めるように飲みながら、耕牛は溜息を
ついております。
「ここの支払いは俺なんだが……」
そして太助は、東坡煮やハトシをほぼ食べ尽くし──
「いやーほんとうめぇな!
耕牛もシーボルトの旦那も、いつもこんないいもん食ってんのか!
うらやましいねぇ」
「……毎日こんないいもん食えるわけないだろ。
つーかお前、少し加減しろ。シーボルト先生もいらっしゃるってこと
忘れてんのか」
「私は tempura が食べられたら満足ですよ。お気になさらず」
シーボルトは静かに微笑んでおります。
そして手元の盃を傾けながら──
「ところで太助さん、そろそろ一献いかがですか?」
と、紹興酒の瓶を手に、太助に勧めてまいりました。
太助を見ますと──
皿の上のパスティラ(鶏肉、しいたけ等が入ったパイのようなもの)
と、にらめっこをしております。
「なんだこれ……
なんか網目みたいになってるぞ……食えんのか……?
……おお、酒か。すっかり忘れてたぜ。それじゃ遠慮なく……」
シーボルトに酌をしてもらい、太助は豪快に盃をぐいっと一気飲み。
「かあーっ!
この酒もうめぇなぁ!こんなの呑んだことねーぞ!」
そのタイミングで、蟹切丸がしゃべり始めました。
『それは“紹興酒”という酒じゃ。清国の酒じゃな』
「ほー、なるほどねぇ……」
太助は妙に納得した顔をしながら、紹興酒の瓶をわしづかみにしますと──
そのまま一人でグビグビと飲み始めました。
空気?そんなもの太助には通じません。
「気に入りましたか、太助さん」
にこにこと太助を見守るシーボルトと、
まるで呪詛でもかけているかのような目つきで太助を睨みつける耕牛が
実に対照的であります。
「いやー、ほんと来てよかったぜ。
そうだ、かに吉はこれ飲んだことあんのか?」
『ついに脳にまで酒が廻りおったか……
酒が飲める刀があったら、ぜひ会うてみたいものじゃ……』
「そりゃそうだな!がっはっはっ!」
豪快に笑いながら太助は紹興酒を、まるで水のように次々と飲み干していきます。
そして……半時も経った頃──
「ウィーッ……
また無くなったぞー酒くれー
さけもってきてくれー」
元来、酒は強い太助でしたが、初めて飲む酒ということもあったのでしょう、
めっちゃ酔っ払ってきた様子です。完全に目がすわっておりました。
「シーボルト先生、申し訳ない。この雑草を冥府へ送りつけますゆえ
少し向こうを見ててくだされ」
実は少し酔いがまわってきた耕牛が、こめかみに青筋を立てております。
「いやいや、耕牛さん、私も今日は楽しいですよ。
気にしないで私達も、もっと飲みましょう!」
と、シーボルトが言うやいなや、また新しい酒甕が運ばれてきました。
「いやー、シーちゃん分かってるねぇ!今日は無礼講だ!
耕牛もいつまでもスカしてねーで飲め飲め!」
「太助……
お前あとで、黴毒用に調合した山帰来の実験台にしてやる……」
太助のおかげでシーボルトは楽しそうでしたが、耕牛はこの世の
地獄を見せられているような顔をしておりました。
『これ、主よ。少しはめを外しすぎではないか。
耕牛が今にも斬りかかって来そうな顔をしておるぞぃ』
「いーじゃねーか、俺たちゃこんなとこ滅多に来れねーんだからよ!
そうだ、かに吉も飲め飲め」
『うつけが!
酒なんか刀身にかかったら、錆が出てしまうではないか!』
「あ、それもそうだな。
なら……これでいいか。わっはっはっ」
──太助は、かに吉を鞘から抜き去ると、
先ほど誂えたばかりの鞘に紹興酒をドボドボと注ぎ込みはじめました。
『ああああああ!!
さっき新調したばかりの鞘になんてことをするんじゃ!!』
「いいからいいから、飲め飲め!」
そして太助は、紹興酒まみれの鞘に──
かに吉をズボッ!と戻しました。
『ぶはっ!!
な、なにするんじゃ!錆びると言っとるだろうが!
早く我を──
我を──
我──
……なんじゃこりゃ!たまらんぞい!』
なんということでしょう。
かに吉は紹興酒を味わい始めているではありませんか。
「おー!かに吉も飲めるじゃねーか!
こりゃ毎日酒盛りだな!がっはっはっ!」
『これはたまらん!七百歳を越えて初めて味わったぞい!
もっと味あわせてみよ!』
「だーっはっはっ!いいねいいね!
おーい!もっと酒くれー!」
と、その時──
「いい加減にしろ!」
この乱痴気騒ぎを見て、とうとう耕牛の堪忍袋の緒が切れてしまいました。
「お前ら出てけ!うるさくてかなわねー!」
「まあまあ、耕牛さん。今日は楽しくやりましょう」
シーボルトは相変わらず楽しそうでしたが
「いえ、もう我慢なりません──
さっさと出てけお前ら!!」
太助とかに吉は、ブチ切れた耕牛に部屋から叩き出されてしまいました。
「なんだよあいつ、ノリ悪ぃーなぁ」
『全くじゃ。何様のつもりなんじゃ』
かに吉も完全に酔いが廻っている様子。
「まーいーや。他で飲み直そうぜー」
『応よ!』
太助は千鳥足で、かに吉を抱えながら花月楼の中を徘徊し始めて
しまいました。
「たーったらったーと♪
……ん?なんだこの階段……
上に行けるのか。
よし、行くぞ」
太助は上にあがる階段を登り始めました。
「なんだこれ、すげーきついんだが」
『おお、これは差した刀が当たらぬように作られておる。
なかなか気が利くのぅ』
「登りづれーだけじゃねーか、人に不親切すぎんだろ」
この時点で太助たちが気づくはずもなく──
上の階では、侍たちが宴を開いておりました。
「おお。なんだなんだ、賑やかじゃねーか、こっちも」
『主よ、これは酒にありつけるかもしれぬぞ。
先へ進むが良い!』
「あたりめーだろ!」
二人は猛ダッシュで侍たちの宴会場へ乗り込みました。
「いよー諸君!待たせたな!
もう盛り上がってるじゃねーか!」
太助は列をなしている席の、ど真ん中へ躊躇無く座り込みました。
周りもいい感じに盛り上がっており、太助の乱入に気づく者は、
ほぼおりません。
しかし、さすがに隣に座られた者は気づきます。
「え、お主どこのもんじゃ?」
太助の乱入に少々驚きながら尋ねますが
「いいからいいから!
固てーこと言ってねーで飲もうぜ!」
そんなことを気にかける太助ではございません。
目の前にあった徳利をひったくり、そのまま飲み始めます。
「……なんだこりゃ。
ただのポン酒じゃねーか!紹興酒とかねーのか!」
完全にただの不審者です。
「貴様!なにをしとるんじゃ!
ここがどういう集まりか知ってのことか!」
花月楼は色々な著名人が訪れることで知られておりました。
耕牛やシーボルトも、その中に含まれますが──
訪れる者たちの中には
「亀山社中」
の者たちもおり、よく宴を催していたそうです。
そう──
太助が入り込んだこの宴会は何と、亀山社中の宴会だったのです。
このあと、どうなってしまうのか……
――今回のお話はここまで。
おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。




