第七話 刀も胸が踊るので
※このお話は15歳以上推奨です
15歳以上推奨なんです
大事なことなので(略
酉の刻・太助の長屋
「おー、邪魔するぞー」
耕牛が太助を迎えに来ました。
「さて、そろそろ行く──
マジか……
なんでもう支度出来てんだ……」
「お、早かったな。いつでも行けるぞ。
早くいこーぜ」
「しかも……かに吉の鞘も新しくなってやがる……
一体何があったんだ……」
「え?
だってよ、あんな滅多なことで行けない場所に行くのに
小汚ねー刀差して行ったら失礼じゃねーか。
これくらいするのは当然だ」
『だから!どこの世界に鞘を自分で見繕う刀がおるんじゃ!』
相変わらずの漫才コンビに耕牛も頭を軽く振るしか出来ませんでした。
「まあ、そうだな……。鞘もだが、もっと身なりを本気で何とかして
ほしいとこだが」
『それは我も言ったんだがのぅ……
”ボロは着てても心は錦”とか抜かしおって、まるで気にしとらん。
とにかく、この鞘はなかなか良い。ありがたく頂いておくぞ、耕牛』
「え、俺買ってやった記憶ないんだが」
ここで太助がしれっと言い放ちました。
「なんか、ツケでいいって言われたぞ」
「マジか!聞いておけてよかった……どの店で誂えたんだよ」
「ああ、前にお前が言ってた刀鍛冶のとこだ」
「あそこか……ちと代金払ってくるから待ってろ」
「そんなの明日にしろよー
さっさと行こうぜー」
──
さてさて。
ノリノリの太助と、いつも通りの耕牛、そして鞘を何百年振りか
分からないほど久々に新調してもらい、いつになくご機嫌な刀のかに吉が
思案橋の周りで、男子たちが花町へ突撃する漢気が出ず、思案している
いつもの景色を横目に見ながら花月楼へと向かいます。
そして3人は花町へと入りました。
三味線の音が、あちらこちらから聞こえて参ります。
提灯が煌々と町を彩り、鼻腔を心地良く撫でるおしろいの香が
うっすらと漂います。
ズラリと並ぶ大人のお店では、綺羅びやかなお姉様方が、
色っぽい流し目や、ゆったりとした手招きでお誘いをかけてきます。
『おぉ……ここが花町か。
胸が踊るのぅ……』
「お前のどこに胸があるんだよ……
とにかく俺は女より飯だ、飯!」
『お主……
男子ならこのような場所に来て、浮かれるのが当然というのに……
もしや、その歳で……』
「ちゃんと機能してるわ!人を勝手に不能扱いしてんじゃねぇ!」
二人のあまりにもくだらない言い合いを全く聞いていない耕牛ですが
こころなしか、顔を伏せ気味にしております。
やはりこのような場所に出入りしているのが公になるのは色々差し障りが
あるのでしょう。
──
花月楼・玄関前
「お待ちしておりました、耕牛様」
花月楼の仲居さんが恭しい礼で耕牛を出迎えております。
すっかり慣れた様子で耕牛は玄関へと入りました。
そして──
「ちょちょちょ、こらこらこら。兄さんどこ行くつもり?」
なにかどこかで聞いたようなセリフで、玄関前でまた止められる太助であります。
「ここは完全予約制で、身なりのしっかりした方しか来ないのよ。
兄さんの、その身なりじゃあねぇ……
新地でも入れてくれるお店ないわよ?」
「はぁ……またこの展開かよ。作者手抜きしてんじゃねぇのか?」
「……何の話?」
「いや、何でもねぇ。
それより……
今日は耕牛の付き添いだよ!
つ・き・そ・い・!」
「耕牛様のようなお方が、兄さんみたいな小汚ない素浪人と
一緒に来るわけないでしょ。ホラもいい加減にしとき」
「全く……出島の時とほぼセリフ一緒じゃねーかよ!
他にバリエーションをだな……」
入口で仲居さんと太助が揉めているところへ、ひときわ大柄な男性が
スッと入って来ました。
「こんばんは、耕牛さんの友人です」
なんと大柄な男性はシーボルト、その人だったのです。
「これはこれは……紳士様、お久しゅうございます。
耕牛様も、もうお着きですよ」
「お、シーボルトの旦那かい、遅かったじゃねーか」
「OH、太助さん。こんな玄関先で何をしているんですか?」
「いやなに、いつものお約束だよ」
「?」
昨日会ったばかりで、もう太助とシーボルトは仲良しになっておりました。
おそらく太助の図々しい性格が良い方に働いたのでしょう。
ところで江戸時代、出島に来たオランダ人は、出島から出ることは基本的に
許されておりませんでした。
シーボルトは高名な医師だったため、出島から外出を、診療のために許可を
されており、その保証人のような立場で耕牛は付き添いという形を取って
おりました。
ということで……本日、シーボルトが花月楼に来ているのは、いわゆる
「お忍び」
ということでございます。
それにしても、やけに慣れた様子というのは、ここだけの秘密ということで。
「あの……紳士様、そちらの小汚い兄さんは、お知り合いで?」
「Ja!私の友人ですよ」
「……大変失礼致しました。どうぞお入りくださいませ」
「……どうせどこ行ってもこの展開なんだろ、これ」
「さあさあ太助さん、今日はたくさん食べて飲みましょう!」
「お、なんだい、シーボルトの旦那はいける口かい?」
「それはもう……耕牛さんが開くオランダ正月も楽しみにしてますよ」
太助とシーボルトは連れ立って玄関に入り、いそいそと小上がりの階段を
上がっていきました。
ちなみにこの花月楼、花月という名前に変わり、現在も営業中でございます。
非常に格式の高いお店になっており、完全予約制は現在も同じで、
もし行かれる際はお財布としっかりご相談されることをおすすめ致します。
なお、江戸時代は花月楼に遊女のお姉様がおりましたが……
現在は普通の料亭になっております。
くれぐれも勘違いされぬように……
――今回のお話はここまで。
おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。
※なお、本作に登場する「耕牛とシーボルトの交流」については、歴史的事実をベースにした創作フィクションです。
というか、このお話全体的にローファンタジーという名のフィクションですから!