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第四話 刀は売らないので


太助が帰った後の番所



番所の入口で立ち話をしている町司たちがおります。



「バイト初日の素浪人が辻斬り捕まえて来るたあなぁ」



「いや、ほんと

驚き

桃の木

山椒の木

ですな。

結構腕の立つ者も斬られてましたからな」



「あやつ、ほんとに何者なんだろうか」



「まあ、身なりはちょっと……あれでしたが」



夜廻り当番の町司たちも驚きを隠せない様子で話し合っておりました。

相当な使い手の者も斬られていたということにございますが、

太助は大目に見ても辻斬りを捕まえられそうな風貌をしておりませんでしたゆえ

町司たちが驚くのも無理はございません。



と、その時──



「辻斬りが逃げたぞー!!」



「何だと!」



捕まえたという安心感からか、見張り役の町司のわずかな隙を突いて辻斬りは

あっという間に縄を解き、番所の中の塀をサッと乗り越え、夜の長崎の町の中へ

逃げて行ってしまいました。



そして……

とある袋小路で何やら待ち侘びていた様子の般若の仮面の男の元へと

姿を現しました。



「ですから、任務に差し障りはございませぬ。

次こそは必ず勝ちますゆえ……」



「成る程……相分かった。


ところで儂からも一つ聞くが、このあたりで腕の立つ者を探しておくようにと

申し付けたのは覚えておるが……このあたりで辻斬りを楽しめとの命を下したのは

一体誰なのか、申してみよ」



「!?い、いえ

それは……」



「なんだ、申せぬ理由でもあるのか?」



「い、いえ……」



「ならば、辻斬りは儂の命を実行せず、貴様が勝手にしておった……

ということで合うておるかの」



「お、お館様!お許しください…!

腕の立つ者を探すために立合いを挑み申しましたが、誰一人とせず、

私と同格以上の者がおりませぬゆえ──


ぐあっ!」



ズバッ──



仮面の男は、片膝を付き、報告をしていた辻斬りを全くためらわず

切り捨てました。



「言い訳の弁すらみっともないとはな。愚か者は必要ないわ」



刀を一振りし、仮面の男は町の闇の中へと消えて行きました。



──



そして太助の長屋・卯の刻



「あー腹減った。

辻斬り捕まえてやったのに、なんで俺まで取り調べなんだよ」



『仕舞いには褒められておったではないか』



「これで夜廻りのバイトも終わるし、給金は日割りで一日分しか出ないし……

なんだかくたびれ儲けな気がするぞ」



『まあまあ、いいではないか。これでまた何かあったら呼ばれるだろうて』



「つーか、お前のこともしつこく聞かれたからな……

帯刀許可だしておいて、何だよあの言い草は。

だからボーロと奉行所は嫌いなんだよ」



『そうぼやくな。朝飯でも食えば機嫌も直るじゃろ』



「そうだなぁ……久々に動いたから、なんかいいもん食いてーな……

蟹とかしばらく食ってねーから蟹がいいなー」



『お主、そんな金子持っておるのか?』



「ああ、バイト代入ったし耕牛から借りた金も一応まだあるからな」



『なんだかお主を見ておると借りた金子も一瞬で消えそうじゃな……』



「まあ、今は時期じゃねーから売ってないけどな……ああ、蟹食いてー蟹」



『蟹蟹うるさいのぅ。時期でなければ金子があっても買えるわけなかろう』



「あー!蟹食いてー!」



『やかましいわ!蟹なんか見たこともない山育ちに謝れ!』



この時、太助はポンっと手をうちました。

なにか閃いたようです。



「あ、そうだ。お前の刀名は”蟹切丸”な」



『……な、な、な、

なんじゃそれは!!

お主!もっと真面目に命名せんか!』



太助の咄嗟の思いつきで、いかにもへんてこな名前を付けられた蟹切丸から、

ゆでだこみたいな湯気がもうもうと立ち上ってきました。



「いいじゃねーか。とりあえず決まりな。

さて、たまには朝市でも覗いてくるか」



『おい待て!もっとまともな名前にせい!』



ガララッ──



「おー、邪魔するぞー」



「あ!てめぇ耕牛!」



出かけようとした太助の前に耕牛が現れました。



「お勤めの前に、お前の顔を見に来てやっただけだ。気にするな」



「気にしない方がおかしいだろ!この世話焼き野郎!

俺をはめやがったな!」



「その様子だと、仕事の方は上手く行ったようだな」



太助は少しばかり苦虫を噛み潰したような表情になりました。



「……ああ、さっき辻斬りをとっ捕まえてきたところだ。

お前の狙い通りか?」



「なんと!お前、そんなに仕事早かったか?」



「大きなお世話だよ!全く……」



「まあ、それならば丁度良かった。明日俺のボディガードとして、

一緒に出島まで来てくれ。

お前の帯刀許可な、しばらく有効だから」



「なんだそりゃ、やっぱお前が手ぇ回してたのか。

もう別に許可なんざいらねーよ」



と、そこへ突如、蟹切丸が話に割って入ってきました。



『いらなくないわ!このたわけめ!我が外へ出られなくなるではないか!』



「おお、久しいな。刀よ」



『お、貴様こそ壮健なようだな、耕牛』



さも当然のように、耕牛と蟹切丸は会話を始めました。



「これでも太助と歳は変わらないんだが……

そういや無事に太助の元へ行けたんだな」



『貴様が我の持ち主に相応しいと思ったのはこの男だったのか。

全く見る目がないのぅ』



「おい!長崎港に沈められてぇのか!

つーか、お前ら知り合いだったのか?」



「まあ、大した知り合いではないがな」



『うむ。』



耕牛と蟹切丸は知り合いだったようです。

しかし、耕牛は話の段落もつかぬうちにおもむろに外へ出て行きました。



「あ、おい!まだ話の途中じゃねーか!」



「俺は忙しいんだよ。どうせ明日も会うからいいだろ。

さて、またこの時間で迎えに来るからな。

じゃないとお前寝坊するし。

ちゃんと起きろよ」



「つーかボディガードってお前……

刀差していかねーとヤバいとこか?」



「いやなに、ただの用心さ。何が起こるか分からんし、

これでも俺は弟子がいるもんでな。

俺一人の身体ではないってことよ。

よろしく頼まれてくれよな」



耕牛はさっさと仕事場である自分の屋敷へ戻って行きました。



「いつもいつも勝手に話進めやがって……

しかし、出島か……あそこも苦手なんだよなぁ。

門番うるせーし、南蛮人とかでかくておっかねーし。


耕牛の家も薬くさくてかなわねーけど……

まあ、あいつの家まで行かなくていいなら、いっか」



『して主よ、出島とは、あの出島のことか?』



「ああ、この国が唯一南蛮と商売する許可出してる、あの出島だ。

まあ、一緒に行くことになるから明日ゆっくり見学出来るぞ、蟹切丸」



『だから!もっとちゃんとした名前をつけろと言っとるだろうが!』



「ま、とにかく明日は大人しくしててくれよ」



『我はお主より寡黙で紳士だ!』



「それはそうと……なんだその汚ねぇ鞘は……なんとかならねーのか。

出島行かなきゃならねぇってのに恥ずかしすぎるだろ」



『お主が何とかせぬか!刀が自分で鞘を綺麗に出来るわけなかろうが!』



「まあいい。明日出島行くついでに新しいやつを……耕牛に買わせよう」



『お主……ほんとに性格が終わっておるな』



「しかも……

蟹切丸とか、センスのかけらもねぇダサすぎる刀差して行かなきゃ

ならねーとはなぁ……」



『それはお主が勝手に付けたんだろうが!責任取らんか!』



「そうだな、なんか偉そうなんでムカつくから普段は”かに吉”な」



「我の話を聞いておらんかったのか!日本語おっけー!?」



そしてしばらく口喧嘩が続き……

やがて二人とも落ち着きを取り戻したところで、蟹切丸は気になっていたことを

太助に聞いてみます。



「主よ、そなた決まった刀はもう持たぬと申しておったが……

本当に我をどこかへ売ったりせんでもいいのか?」



「ん?ああ……とりあえず明日も刀が必要になったし、

なにしろお前は”男”だからな。

お前をこれから先、振るうかどうかはわかんねーけど……

平と藤原の話もそのうち聞いてみてーしな」



『ふむ、そうか!

ならば話してやることもやぶさかではないぞ。

そうじゃな、どのあたりから……』



「つーことで、朝市行ってくるから」



『あ!こら主よ!これからがいいとこではないか!そこへ直らんか!』



そんなこんなで耕牛と一緒に出島へ行くことになった太助と蟹切丸でありました。

どうなってしまうことやら。




――今回のお話はここまで。

おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。



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