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第三話 刀がうるさいので


「──で、外国のドサ回りから戻ってきたと」



『うむ。全く、向こうじゃ日本刀の手入れなんか知ってる者なぞおらんからな。

我もこの自慢の刀身以外はぼろになってしもうたわ」



「はぁ、そりゃ大変だったねぇ」



太助は寝転びながら清酒を呷り、刀の話に適当に相槌を打っております。

刀は粗雑かつ適当に板の間へ転がされておりました。


ところで異能力持ちは刀物としゃべれる以外に特徴がございます。

まず刀物を持つと、その刃物は眉の毛と目が二つづつ出て参ります。

そして、己の修練具合によって刀物に”気”を送ることが出来るように

なりまして、この送り込んだ”気”の使い方と強さは人それぞれにございます。



『向こうじゃ”そーど”やら”ぶれーど”やらと、それはもう

丁々発止を繰り広げておってな。

なかなかの剛の者もおったが……って、お主聞いておるのか?』



太助はいかにも面倒くさそうに、独り言のように返答します。



「それより……そのなりじゃ売ろうにも売れねぇじゃねーか。

駄賃にもなりゃしねー。おみつのおっかさんもひでーもん

押し付けやがって……


こうなりゃどっかに捨ててくるしか──」



『うつけが!!

お主、我の価値を知らぬから軽々しくそんなことがぬかせるんじゃ!

我はこれでも平と藤原の戦を見てきた刀ぞ!』



ここで太助は、すかさずガバっと起き上がり刀の方へ向き直ります。



「……その話、本当か?

本当ならお前、とんでもない代物じゃねーか……」



『フンッ。本来ならば、お主程度の者ならば持つどころか目にすることも

叶わぬ刀じゃぞ』



刀は自慢げに語ります。眉と目だけですが、今で言う「ドヤ顔」のように

なっております。鼻息まで聞こえてきそうです。

太助も、そんな価値がある刀ならすぐ手放すのはもったいないと

思い始めたようです。



「……まあ、丸腰じゃ危ねーからな。

今日だけ差して行くぞ、全く……」



『我の価値が分かったようじゃな。我を一振すればどんな悪鬼羅刹も一刀両断。

そんな刀を捨て置くなど言語道断じゃ』



「とりあえず手入れはしてやるが……

何かあったら役に立ってくれんだろうなぁ?」



『フンッ、それはお主の力量次第じゃろうが』



「なんだ、さっきの話はホラ話かい。ま。そんなこったろうと思ったけどな」



『ホラではないわ!お主こそ我を使いこなす力量があるのかのぅ』



太助の表情が少しだけ曇り、なにやら寂しそうに見えます。



「……さてな。

俺はもう決まった刀を持つのも振るうのもやめたんだ」



『ほぅ……それはまた何故じゃ?』



柄の上に、はてなマークが浮かび上がります。



「おめーにゃ関係ないことだよ」



『そうはいかん。お主は我の主になったゆえ──』



「いつどこで誰がお前の主になったんだよ!」



──



同日・子の刻



バイトの時間になってしまったので、刀を差し、太助は夜廻りに出かけます。



「とりあえず夜廻りにゃ出たけど……辻斬りとかに逢いませんように……」



『なんじゃなんじゃ、もう怖気づいておるのか。情けないのぅ』



「そう言ったってよぉ、俺は割のいいバイトとしか思ってねーんだぞ。

それを……刀持ってるやつしか狙われねーって噂なのに、

ご親切に帯刀許可まで出しやがって、そこへきてお前さんの登場だよ……


タイミング良すぎるだろ。

こんなとこで貧乏くじ引いてる場合じゃねーんだって」



『何を申すか。置いてくればよいものを、わざわざ我を差して来おって。

それにちょうど、この我にお主の力量を見せる良い機会ではないか。

もっと、けつめどを締め直してだな』



「そ、そりゃあ丸腰で絶対狙われないって保証はないからな。

噂話程度の情報だし……」



『我の主になった者が何を弱気な──』



太助と刀は果てしなく無益な会話を続けながら歩いておりましたが、

広小路に出てすぐに、とんでもない殺気を感じ取りました。

正面から黒装束の男が足音も立てず近寄ってきています。

件の辻斬りのようです。遠目にもギラギラした目つきが窺えます。



「あーあ。なんかえらい目にあいそうな気がしてきたんだが……」



『主よ、あれが辻斬りとか申す輩じゃな。

あんなに殺気を振りまいておったら自己紹介してるようなもんじゃ。

ズバッとサクッとたたっ斬ってみせるがよい』



刀が無責任に太助を焚き付けますが



「やだよ!

近くの番所まで知らせに行くぞ!バイトの仕事はそれで十分果たせる!」



なんだか本当に腑抜けな太助であります。



『ふーむ。どうやらあやつ相当の手練のようだぞ。

果たして逃げ切れるかのぅ』



「俺は逃げ足だけは早いんだ、さっさと逃げよう」



脱兎の如く走り出す太助ですが、無事に逃げ切れるのでしょうか。



──



ブンッ──



「おわっ!あっぶねー!」



『ほれほれ、避けてばかりでは勝てぬぞ。さっさと我を抜いて戦わんか』



「だから俺はもう刀は抜きたくねーって言ってんだろ!」



太助はあっという間に追い付かれて斬りかかられていました。

辻斬りはまるで親の仇と言わんばかりに斬りかかる手を休めない様子。



「このあたりは番所まで遠いんだよな……うわ!」



スパッ!──



太助の着物の背中のあたりが見事な太刀筋で切られています。



「おい!話せばわかる!とりあえず落ち着け……だあっ!」



ブンッ──



今度は太助の頭の上を切っ先が掠めていきます。



『主よ、先程からすでに真後ろに張り付かれておるぞ。さっさと我を抜かんか』



「あーもう!わーったよ!」



次の斬撃をひらりと躱すと太助は正面に向き直ります。



ズザザザッ──



「はぁ…はぁ…全く……バイト初日でこれかよ……」



観念した太助は、刀を抜き去りました。

刀身も先ほど太助が手入れをしたおかげで月明かりを、それはそれは

美しく反射して、芸術品のような輝きを放っております。


向き直った太助は下段の構えを取りました。

対する辻斬りは向き直った太助に警戒した様子。一旦距離を取り、

オーソドックスな中段の構えを取ります。


場の空気が段々と張り詰め、気温が少し下がったような感覚に

なって参りました。



「あんたが最近噂の辻斬りか?

江戸や京じゃなくてこんな田舎じゃ腕試しにならねーだろ。

何が目的だ?」



辻斬りは息一つ乱さず太助と対峙します。

その両の眼は、相も変わらずギラついております。



「……貴様、俺の斬撃を軽く躱してるな。一体何者だ?」



「俺?その辺にいくらでもいる素浪人だが」



「ただの素浪人が俺の切っ先を、しかも後ろ向きで見切れるわけがない。

ここで死んでもらうに相応しい相手と見受けた」



「意味わかんねーよ。とりあえず落ち着いてだな──」



ヒュオッ──



辻斬りは容赦なく太助に斬りかかります。



キイィィィン──



既のところで太助は相手の太刀筋を受け止めました。



「うわっ!あぶねーだろこの野郎!」



辻斬りは間髪入れず斬撃を繰り出します。それを全て受け、

はたまた受け流す太助。

しばらく丁々発止が繰り広げられ、夜の長崎の町中に刀の音が響き渡ります。



「ったく、キリがねーな……」



『主よ、先程から一度も打ち込んでおらぬではないか。

いつまでもあの斬撃を受けてはおれぬだろ』



「やかましい!俺はもう刀は振らないって決めたんだ!」



『そんなもの、あの相手には通じぬと思うがのぅ。

それに、我もあれだけの斬撃をいつまでも受けておるのはさすがに疲れるぞい』



「刀が何言ってんだ!仕事しろ仕事!」



『ならばお主も仕事をせい。いつまでもこのままではおれぬぞ』



「なーに、このまま粘ってりゃ、お天道様が出た頃には──」



ヒュッ──



「なに!」



チュイィィン──



なんと、辻斬りは太助が刀としゃべってる隙を見て、暗器を投げ付けてきました。

太助はこれもまた既のところで弾き返します。



「あぶなっ!

……こいつ……まさか忍びか?」



「フッ、あれを避けるとはな……刀としゃべれる上にこの太刀捌き。

貴様、素人ではないどころか、どこかの武家の出と見受けた」



辻斬りの言葉に一瞬、太助の眉がぴくりと動きました。

目つきが鋭くなってきております。



「……おい、もう終わらせるぞ。これも耕牛の筋書きじゃないだろうな……」



『なんじゃ、お天道様が出るまで粘るのではないのか。

まあ、そんなたわけたことに我も付き合うてやる気はないがの』



「事情が変わったんだ。行くぞ」



太助は一呼吸、フゥーっと息を吐き出すと、下段の構えからゆっくり上段に

構え直し、まるで月を描くかの如く刀を身体の前で回し始め、

月明かりを受けた刀身がさらに美しい輝きをその身に纏います。


刀を回し始めた刹那、ふと周囲の温度がひとしきり下がったかのようになり

空気が凍りつくような緊張感が辺りを包みます。

世界がその一瞬だけ静まり返る、まるで月だけがこの世に残されたような、

そんな静寂が訪れます。



『ぬおっ!

主よ、突然”気”を流し込むでないわ!我にも心の準備というものがだな──』



不服を漏らす刀を全く意に介さず、太助は本気モードになっておりました。

刀は太助の”気”が入り、月明かりを受けていた刀身が次第に薄い黄色から

白金色へと変わってゆきます。



「いきなりじゃ、全開で”気”は込められねーか、久々だからな。

うまく決まってくれよ……」



刀を回し、再び上段に来たとき、ちょうど月明かりが刀身に反射し、

一筋の眩い光が辻斬りの目を眩ませました。



「な……!」


「ここだ!炎月斬ムーンアタック!」



ズバッ!──



「ぐはっ……!」



技の名前を叫んだと同時に、一瞬で刀身は蒼い炎を吹き上げ、

太助は刀を袈裟斬りに振り下ろしました。

振り下ろされた刀は、それは見事な蒼い弧を描き、

辻斬りの身体に吸い込まれていったのでした。



「貴様……一体……」



辻斬りは、その場に突っ伏して倒れました。

太助の勝利にございます。



「ふぅ……なんとか勝ったか。

もう刀なんて振らないと決めていたんだが……」



『今の太刀筋……そしてその極上の”気”……

主よ、お主は一体何者なんじゃ』



「え、もう忘れたよ」



『大事なことをコロリと忘れるなぞ……お主は本当にうつけよのぅ』



「うるせー!勝ったんだからいいだろ!」



『そして……あやつ、生きておるぞ』



「……は?」



『先ほどの技を繰り出すとき、お主は我の刃と峰の天地をひっくり返して

おったのじゃ。不殺でも貫いておるのか?』



「あ、あ、当たりめーだろ!峰打ちってやつだ、峰打ち」

(マジか……久々の実戦だったから斬り損なっちまったのか……)



『まあ、そうじゃな。勝ったのだから今回は不問に処すとしよう』



「いちいち偉そうだなお前は!ほんとに捨てるぞ!」



『ほぅ?その言い草ならば我はこのままじゃとお主の元に居る、

ということじゃな。

なんじゃなんじゃ、”つんでれ”というやつかのぅ?』



「この時代にそんな言葉あるわけないだろ!」



『それに……さっきの”むーんあたっく”じゃったか?

あんな技の名前を大声で叫んで……恥ずかしくないのかのぅ。


我ならば誰かに聞かれた時点で現し世とおさらばしたくなるわぃ』



刀は呆れたように言い放ちました。



「……っ!やかましいわ!鉄屑屋に叩き売ってやるぞ!」



こうして勝利を飾った太助は番所に連絡、辻斬りは引き渡され

一件落着と相成りました。




――今回のお話はここまで。

おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。


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