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第一話 刀はまだ出ないので


時は江戸時代。長崎にございます出島に渡来人が来るようになった頃。



このお話は皆様がよくご存じの江戸時代とは少しばかり勝手が違う

ところがございます。

その一つがいわゆる「異能力者」と呼ばれる者がおりました。

どういう能力かと申しますと


【刃物としゃべることが出来る】


という奇妙奇天烈な能力でございます。


ただ、皆様が想像されているよりさほど珍しくない扱いでして、

相当数の能力の持ち主がおりました。話す声は、他の人にも聞こえる

ようにもなり、刃物としゃべっていても危ない人扱いされることは

ございませんでした。


また。持ち主や異能を持つ者から触れられなくなってしまうと、

元の変哲もない刃物に戻ります。


これはそんな背景のお話にございます。



──



長崎は出島の見える、とある町角──



とある長屋に、名を「太助」という素浪人が住んでおりました。


齢二十八にして嫁も貰わず、毎日呑んだくれては

仕事が来りゃ基本なんでも引き受けるが、なけりゃ昼から

呑んだくれるという、それはそれは自堕落な暮らしを

している男でございます。



そして今日も今日とて仕事もなく、酒代に有り金を使い果たしてしまい、

つまみになるアテも無しに昼間っから寝転がってだらだらと呑んだくれて

おりました。



「あー、腹減ったなー。なんか仕事来ねーかなー」



ぼやきながら濁り酒を呑んでいますと……


半分ほど破れてしまい、あってもなくても変わらない障子戸がガララッと

威勢よく開きました。



「おー、邪魔するぞー」



「なんだおめーさんか、入ってくる前に声かけろっていつも言ってんじゃねーか」



「は?それなら、このあってもなくても変わらない障子戸をなんとかしろ」



太助の家に入ってきたのはオランダ語通詞をしている耕牛という若者。

何の因果か、幕府お抱えの大通詞様が一介の素浪人と友人という奇妙な

取り合わせにございます。


この当時、通訳は「通詞」と呼ばれ、中でもオランダ語通訳は

「阿蘭陀通詞(オランダ通詞)」

と呼ばれておりました。



「おい、とりあえずそこ閉めろ。話はそれからだ」



「閉めても開けても何も変わらないと思うが……

どうでもいいけど太助よ、相変わらず適当な生活してるなぁ

布団くらいたまには干さないとダニが湧くぞ」



「うるせーな、大きなお世話だ。

で、今日は何だい?こちとらすかんぴんなんだよ。儲け話じゃなきゃ帰りな」



「お前さんがカビてないか見に来てやったのに、何だいその言い草は。

まあいい。最近このあたりで物騒な話を耳にしてな。

辻斬りの類が出るらしいんだが」



「辻斬りだ?それなら心配無用、俺は逃げ足は早い。話はそれだけかい?」



「それだけって、せっかく教えてやってんのに……

まあ丸腰のやつは狙われてないらしいが」



「ならもっと大丈夫だな。俺は刀なんざ持ってねーし、あったらあったで

清酒に変わってるだろうけどな」



耕牛は太助の戯言を聞いて大きなため息を一つつくのでした。



「お前な……

まあ、太助の腕なら大丈夫だろうが、夜とかほっつき歩いて

町司に迷惑かけるなよ。


警戒して町中昼夜見廻り強化してるからな」



「そりゃ買い被りすぎだ、耕牛せんせ。

なら夜も大人しくここで呑んでりゃ安泰だわ」



太助は背中を向け、寝転がりながら頭の上で耕牛にひらひらと手を振ります。



この二人、普段はこんな調子で仲がいいのか悪いのか……

よくわからないところもございますが、何かとウマが合うと申しますか、

よくつるんでおりました。



「とりあえず仕事と道具の手筈はしておいた。

それと、これ置いてくから、まともなもん食えよ」



「仕事?道具?何わけわかんねーことを……

それとな、俺はおめーの息子か!?


……いつも悪ぃな。そいつは次会ったとき返すわ」



「フッ、そのセリフ……一度も守ってもらったことないのは俺の記憶違いか?」



耕牛は太助に銀5匁ほどを置いて帰ります。

定職のない太助にとって神様のような存在のはずの耕牛でしたが、

耕牛はそんな素振りも見せず、太助も媚び諂うこともなく友人同士という仲で

ありました。



──



耕牛が帰って半時ほど



「太助さん、いるんでしょー?」



これまたあってもなくても変わらぬ障子戸をカラララっと静かに開けて、

娘がひとり、太助の家に入ってきました。

歳の頃は二十歳くらいの、それはそれはかわいらしい娘さんです。

べっ甲で出来たかんざしが、これまたよく似合っております。



「なんだ、こんどはおみつか。なんか用かい?」



「なんだはないでしょ、なんだは……

せっかく太助さんがカビてないか見に来てあげたのに」



「頼んでねーっての。用がないならさっさと帰りな。

俺はこれから出掛けるところだからよ」



「また耕牛さんにお金もらったんでしょ。たまにはちゃんと返しなさいよ」



「わーってるよ、うるせーな。そんなんじゃあ嫁の貰い手が──」



ここまで言った太助の頭に鍋の蓋が飛んできました。

背中を向けて身支度をしていた太助の頭にクリーンヒット。



「ぐあっ!

……いってーなこのアマ!なにしやがる!」



「せっかくお仕事のお話持ってきたのに!もう知らない!」



頭から角が生えそうな勢いで怒って出ていくおみつを太助は引き止めます。



「悪い!この通り!ごめん!


お!よく見りゃ今日もべっぴんさんだな、おみつは。

俺ならほっとかないねぇ

そのかんざしもよく似合ってるじゃねーか。

プレゼントした甲斐があるってもんだぜ」



誰が見ても適当な事を言っているとしか思えませんが、

おみつはゆでだこのように顔を真っ赤にしながら、まんざらでもない様子。



「もぅ……いつもこうなんだから……」



「聞き分けがいいとこもかわいいねぇ、おみつはよぉ。

で、今日はなんだい?仕事がどうとか言ってたよな」



「ああ、そうそう。

町司さんがね、さっき夜廻りの人手が足りないから、

知り合いで暇そうなやついたら

是非紹介してほしいって言っててね。

太助さんどうせ暇でしょ?やってみたらって言いにきたの」



何やら太助の顔があっという間に閻魔様のような形相になっていきます。



「……あほくさ。


耕牛が言ってた仕事ってのは、もしやそのことかい……

俺はボーロと奉行所が大嫌いなんだよ。


そんなもん引き受けるわけねーだろ!」



「あのね。お給金、十日で一両なんだって」



「……その町司のところへ案内してもらおうか」



太助は閻魔様のような形相からあっという間に

恵比寿様のような笑顔に変わっていきます。



「そう言うと思った!一緒に来て!」



おみつは嬉しそうに太助の手を引き、町司のいる番所へ向かいます。




――今回のお話はここまで。

おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。


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