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火を守る国

その国は、かつて「守るべき通貨」を持っていた。

正確には、通貨そのものではなく――

世界がそこに逃げ込んでくるという習慣を持っていた。


危機が起きるたび、人々はその国の通貨を握りしめた。

戦争、恐慌、疫病。

炎が上がるたび、避難所として機能した。


だから国は学んだ。

火は危険だが、火がなければ避難所は満たされない。


最初は小さな火だった。

遠くの砂漠、遠くの山、遠くの宗派。

「限定的」「抑制的」「やむを得ない」

そんな言葉で囲われた火種。


誰も勝利を宣言しなかった。

誰も敗北を認めなかった。

ただ、火は消されなかった。


理由は単純だった。

消してしまえば、

次に何で人々を集めればいいのか分からなかったから。


国の会議室では、誰も「通貨を守るために戦争が必要だ」とは言わない。

そんな露骨な言葉を使う者はいなかった。


代わりに、こう言う。


「今は引けない」

「前例を壊すのは危険だ」

「次の世代が判断すべきだ」


そうやって、

決着をつけないことが最も合理的な選択になった。


敵は、完全な悪にはされなかった。

交渉相手としても確定されなかった。


敵は

“いつでも火を再点火できる存在”

として保存された。


それは憎しみではなく、

制度としての保存だった。


若い官僚が、ある日ぽつりと口にした。


「もし、本当に戦争をやめて、

緊張を下げて、

債務と向き合ったら……

この国はどうなるんでしょう?」


部屋は静まり返った。


誰かが答えた。


「それをやった国は、

もう“戦争できる国”じゃなくなる」


それは賞賛でも、非難でもなかった。

ただの事実だった。


だから国は、戦争を終わらせなかった。

同時に、戦争にも勝たなかった。


未来の地図に、

「ここなら火をつけても大丈夫」という

薄い線を何本も引いていった。


それは、後世のための“参考資料”だった。


人々は違和感を覚え始めた。


「これは、今のための戦争じゃない」

「これは、次も起こすための形だ」


だが違和感は、

爆発よりも静かで、

インフレよりも説明しにくい。


だから最初に削られたのは、

数字でも領土でもなく、

**“信じなくても成り立つはずだった信用”**だった。


ある日、誰かが言った。


「この国は、

通貨を守るために、

通貨が守られていた理由を削っている」


その言葉は広まらなかった。

でも消えもしなかった。


火は、今日も小さく燃えている。

消すには惜しく、

広げるには怖い大きさで。


そして国は気づいている。

もう自分たちが

いつ火を消せるのか分からないことを。


それでも続ける。


なぜなら、

火を消した後の世界で、

どう立っていればいいのかを

もう思い出せないからだ。

あとがき


本作に描いた出来事や構造は、

現時点ではあくまで筆者個人の推測の域を出ない。


特定の国家や人物、政策を断定的に批判する意図はない。

ただ、「なぜ戦争は繰り返されるのか」という問いを

できるだけ感情から切り離し、

構造として考え続けた結果、

どうしても一つの仮説に行き着いてしまった。


それは、


複利によって増大し続ける債権が、

最終的に

インフレ、あるいは

覇権国が起こす戦争という形でしか

調整されてこなかったのではないか、

という考え方である。


戦争を望んでいる人間がいるから戦争が起きる、

という説明では、

現代の多くの戦争はうまく説明できないように思えた。


むしろ、


・やめたくても、やめられない

・終わらせたくても、終わらせると別の破綻が露出する

・「今はまだ大丈夫」という先送りが、最も合理的に見えてしまう


そうした選択肢の狭まりが積み重なった先に、

戦争という形が現れているのではないか。


もしこの仮説が間違っているなら、

それはむしろ喜ばしいことだと思う。

別の、もっと人間的で、

もっと穏やかな説明が存在するなら、

それに越したことはない。


ただ、考えれば考えるほど、

「複利」「債務」「信用」「覇権」という言葉が

戦争の輪郭に重なって見えてしまった。


この物語は答えではない。

せいぜい、

問いを手放さなかった痕跡にすぎない。


それでも、

なぜ戦争が起きるのかを考え続けること自体が、

次の戦争を少しだけ起こしにくくする――

そう信じたい、という願いを込めて、

ここに置いておく。

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