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戦争と資本 今観測されてない・・・?

 恥書き・・・


 酔った頭で書き始めた文章だ。


 論理もまとまっていないし、言葉も荒い。

 それでも、どうしても書き残しておきたかった。


 戦争がなくならない理由、資本主義や社会主義の矛盾、技術の暴走、政治の狂気。

 それらをひとつの線で考え、吐き出してみた。


 読む人によっては、偽善に見えるかもしれないし、ただの戯言に見えるかもしれない。

 でも、酔った勢いでしか書けない率直さがある。


 この文章はその証だ。


 恥ずかしいけれど、恥ずかしいからこそ残す価値があると思う。

 なぜ戦争はなくならないのか。


 酔った頭で考えると、答えは案外シンプルに見える。資本主義の構造の中にその答えが埋まっている気がするのだ。資本主義は競争を善とし、成長を当然とし、拡大と奪い合いを前提にする。


 そうやって回るシステムの先に、いつか武力による奪取や支配が見えてくるのは自然なことじゃないか。



 資本主義が正しいと言うのなら、その延長線上にある戦争さえ正しいと認めざるを得ない——そんな冷たい論理が、いつの間にか世界の共通認識になっている。





 じゃあ資本主義を否定すればいいのか。社会主義だ、と飛びつくのは短絡的だろう。

 いまの世界を見れば、中国の姿が浮かぶ。彼らは社会主義を掲げつつ、市場原理のいいとこ取りをし、罰と監視で周囲を固めている。

 権力が集中し、自由が抑えられることで得られる「安定」は、結局は抑圧に依拠した脆い安定だ。

 歴史は、そういう強制的な体制がいずれ自らをむしばむことを何度も示してきた。

 つまり資本主義も社会主義も、制度の名前が変わっても、人間の欲望と権力のダイナミクスに翻弄される点では同じなのだ。


 さらに厄介なのは、技術の爆発的進化だ。国家の掌中に収まらない技術力、あるいは国家を超えて暴走する技術は、国家すら破滅へと導く可能性を孕んでいる。


 なぜそうなるのか理屈で完全に説明はできない。ただ、直感ではこう思う。手に余る力を持った瞬間、人は理性よりも欲望に引きずられやすい。


 核兵器がそうであったように、極端な技術は使われるだけでなく、使えること自体が政治と経済の力学を歪める。


 AIや特定のバイオ技術、あるいはエネルギー技術──それらを持った国や集団は、持たない側を圧倒し、やがてその力で世界のルールを変えてしまう。


 日本の現実は冷たい。自殺者が増えていると聞く一方で、政治家は「税収が過去最大だ」と胸を張る。


 数字と人の命の間に深い乖離がある時点で、政治の頭がどこか狂っているとしか思えない。

 国家という器は本来、人間の生を守るためにあるはずだ。なのに今は、国家が人間の生を押しつぶす側になっている。


 

 

 戦争をなくしたい、という言葉さえ時に偽善のように感じられる。だが偽善でもいい。


 言い続けることでしか、理想は形にならない。


 あとがき


 国家が資本家に従わなくても成立する仕組みを作る必要がある。

 国の財政が個人の生活と直結して揺るがないこと――揺らぎがあるから利権が生まれ、資本がそこに食い込む。まずはその連鎖を断ち切る設計が必要だ。




 そしてもう一つ、極端に思えるかもしれないが、技術に関しては「半ば鎖国的」な扱いが理にかなっているのではないか。


 つながっているけどつながっていない、というラインを保つ。ある技術はその国だけで試し、他国が簡単に再現できないように制御する。もしある国がその技術で滅んでも、世界全体が連鎖的に滅ぶことはない──そんな耐性をつくることだ。

 極端なEV政策だろうと、先端AIだろうと、技術が即座に地球規模のリスクになるなら、その拡散の速度と範囲を意図的にコントロールすべきだ。


 コロナワクチンが世界を破滅に追い込んでもおかしくないと考えていたので・・・


 もちろんこれには補助も監視も必要だ。圧倒的な技術力を持つ個人や組織を社会がどう管理するか、透明で厳正な監視と、同時に彼らが食い詰めないための社会的セーフティネットが要る。


 監視だけなら圧政になる。補助だけなら腐敗が育つ。両方をバランスさせる仕組み、それを設計するのが政治の仕事のはずだ。


 理想かもしれない。無理かもしれない。だが酔った今、この紙に書き残しておく。資本家に縛られない国、技術の暴走を抑える国際的な耐性、利権に溺れない制度、そして何より「戦争を正しい」と言わない社会。答えはまだ見つからない。だが言わなければ何も始まらない——そう信じて、ここに書き留める。




 それらを考えていた時にふっと思う・・・


 もしかしたら知的生命体が、そんな考えでこの地球を遠くから監視しているのかもしれない。


 そう考えると、俺たちの矛盾や愚かさも、彼らにとっては観察対象にすぎないのだろう。

妙に納得できるし、逆に救われる気さえする。


 結局、それも量子の世界と同じなのかもしれない。


 「認識すれば存在する」というパラドクス。


 見られているからこそ俺たちは存在し、存在するからこそ見られる。


 もしそうなら、この矛盾だらけの社会も、まだ意味を持っているのかもしれない。

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