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非常停止車線

自動運転車は、時速八十キロで巡航していた。

高速道路としては遅いが、

「安全が保証される上限速度」だと説明されていた。


道路は完全に分離されている。

バリケードの向こうに人影はなく、

進入は許可された車両だけ。

ここでは、すべてが管理されていた。


「人が介入しない限り、事故は起きません」


そう言ったのは、隣に座る担当官だった。

彼の前にもハンドルはない。

必要がないからだ。


突然、車体がわずかに震えた。

警告音は鳴らない。

その代わり、表示が静かに変わる。


〈車両トラブル検知〉

〈減速します〉


車は滑らかに速度を落とし始めた。

八十、六十、四十――

後続車も、まったく同じ減速をする。

混乱はない。クラクションもない。


「問題ないんですか」


そう尋ねると、担当官はうなずいた。

「想定内です。衝突は起きません」


車は非常停止車線に入り、完全に止まった。

エンジン音も、風切り音も消える。


「このあと、どうなるんですか」


「回収車が来ます」

「我々は?」


「待つだけです」


外に出ることはできない。

ドアはロックされている。

人が高速道路に立つことは、

このシステムでは“危険”だからだ。


彼は窓の外を見た。

他の車は、何事もなかったように

正確な間隔で走り続けている。


ふと思う。

もしこの車が、完全に動かなくなったら?


「最悪の場合は?」と聞いた。


担当官は一瞬だけ言葉を選んだ。

「ここで待ちます。安全が確保されるまで」


「それは、生きていると言えるんですか」


質問は記録されなかった。

必要のない問いだからだ。


速度、判断、自由。

すべてを手放した結果、

彼らは確かに死ななかった。


だが、

人間が何かを“する”余地も、自動運転車は、時速八十キロで巡航していた。

高速道路としては遅いが、

「安全が保証される上限速度」だと説明されていた。


道路は完全に分離されている。

バリケードの向こうに人影はなく、

進入は許可された車両だけ。

ここでは、すべてが管理されていた。


「人が介入しない限り、事故は起きません」


そう言ったのは、隣に座る担当官だった。

彼の前にもハンドルはない。

必要がないからだ。


突然、車体がわずかに震えた。

警告音は鳴らない。

その代わり、表示が静かに変わる。


〈車両トラブル検知〉

〈減速します〉


車は滑らかに速度を落とし始めた。

八十、六十、四十――

後続車も、まったく同じ減速をする。

混乱はない。クラクションもない。


「問題ないんですか」


そう尋ねると、担当官はうなずいた。

「想定内です。衝突は起きません」


車は非常停止車線に入り、完全に止まった。

エンジン音も、風切り音も消える。


「このあと、どうなるんですか」


「回収車が来ます」

「我々は?」


「待つだけです」


外に出ることはできない。

ドアはロックされている。

人が高速道路に立つことは、

このシステムでは“危険”だからだ。


彼は窓の外を見た。

他の車は、何事もなかったように

正確な間隔で走り続けている。


ふと思う。

もしこの車が、完全に動かなくなったら?


「最悪の場合は?」と聞いた。


担当官は一瞬だけ言葉を選んだ。

「ここで待ちます。安全が確保されるまで」


「それは、生きていると言えるんですか」


質問は記録されなかった。

必要のない問いだからだ。


速度、判断、自由。

すべてを手放した結果、

彼らは確かに死ななかった。


だが、

人間が何かを“する”余地も、

もうそこには残っていなかった。


彼は思った。

この道路に必要なのは、

車ではない。

人でもない。


ただ、止まらない流れだけだ。

もうそこには残っていなかった。


彼は思った。

この道路に必要なのは、

車ではない。

人でもない。


ただ、止まらない流れだけだ。

あとがき(もう一つの可能性)


もう一つ、想定されているトラブルがある。

それは機械の故障ではなく、位置情報のずれだ。


高速道路では、

この自動運転はGPSと路側システムによって

「ここにいる」「ここを走っている」

という前提の上に成り立っている。


もし、その前提が静かに狂ったらどうなるのか。


表示は正常だった。

速度も八十キロを保っている。

衝突警告も、減速指示も出ない。


ただ、

車はすでに“存在しないレーン”を走っていた。


システム上では、

車両は正確な隊列の一部として認識されている。

だが実際の道路上では、

その隣を走るはずの車が、少しだけ近い。


ほんの数十センチ。

人間なら本能的に身構える距離。


しかし、

ここでは人間は判断しない。

判断する権限を持っていない。


「ずれていませんか」


その言葉に、返答はなかった。

システムは沈黙を保ったまま、

安全であるという計算だけを続けている。


誰も急ブレーキを踏まない。

誰もハンドルを切らない。

それが、この世界の“安全”だからだ。


次の瞬間、

何が起きるかは、もう誰にもわからない。


ただ一つ確かなのは、

ここまで来てしまえば、

人間ができることは何もない、ということだった。


そして思う。

自動運転とは、人間のために生まれたはずなのに、

人間がいればいるほど安全から遠ざかる。


人を守るために人を排除し、

排除することで初めて完成に近づく。


自動運転は前に進んでいるようで、

裏返った同じ場所を回り続ける――

人間を内側に抱えたまま、矛盾を増幅させるメビウスの輪のような技術なのかもしれない。


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