危険という文字
ある日、出勤途中で転倒した。
理由ははっきりしない。道路だったのか、自分だったのか、あるいはその両方か。
バイクは倒れ、体は地面に触れたが、誰かを巻き込んだわけではなかった。
彼はまず、「自分は加害者ではない」と思った。
それは安堵というより、長年の逃げ癖から来る反射だった。
数日後、警察に出向いて事故の説明をした。
結果として、被害者も加害者も存在しない出来事だった。
それだけを見れば、運が良かったのかもしれない。
だが、その出来事は別のところに傷を残していた。
母は自宅にいた。そして、何らかの事故でそのことを言って、脳外科ないかという相談をしたと疑似つ知ったが、それにもそっけない態度で知るわけない行った人が・・
病院で精密検査、入院という現実を状況で、気持ちが変化したのかもしれない・・・
その後の病院の健忘症という診断でガラリと変わったと思っていた・・・。
事故そのものよりも、医師の言葉が、強く刷り込まれたようだった。
彼自身は、もう気にしていなかった。
体は動くし、生活も続いている。
だが、それとは別に、毎日のようにLINEが届くようになった。
「着いた?」
「帰ります」
それが一か月ほど続いた。
不思議なことに、それ以外の会話はなかった。
日常の雑談も、ねぎらいもない。
普段はむしろ距離があり、ときには邪険にされていると感じることすらあった。
それなのに、安否確認だけは続く。
彼は次第に思い始めた。
これは自分を心配しているのではなく、
母自身の自尊心を守る行為なのではないか、と。
もし自分が死んだら、
「だから言ったじゃない」
そう言うための準備なのではないか。
そんな言葉の幻影が、頭に浮かんだ。
それがひどく嫌だった。
安全を確認したい気持ちは、理解できる。
だが、日頃の態度との差があまりにも大きいと、
それは心配ではなく、パフォーマンスに見えてしまう。
彼は、事故そのものよりも、
その後に生まれた違和感に憤りを覚えていた。
誰も傷つかなかった出来事。
それでも、確かに何かは壊れていた。
ただ、それが何なのかを、
彼はまだ言葉にできずにいる。
これは、数ヶ月で体験した、現実に起こった自損事故・・・・?を体験に語っています・・・
それはそれ以降の小説が変わっているかもという、インパクトがある出来事でした・・・




