降りられないレール
第一部・古代編
###「利を数えぬ者」
砂漠の修道院では、金の出入りを数えてはならない掟があった。
若い僧が問うた。
「なぜ利を取ってはいけないのですか。増えるのは恵みでは?」
老僧は、壺に麦を一粒落とした。
翌日、二粒。
その翌日、四粒。
七日目、壺は溢れた。
「見よ」
老僧は言った。
「これは増えたのではない。
“止まる場所を失った”のだ」
「だが、人は止められます」
「いや。数を信じ始めた瞬間、
人は数の召使いになる」
夜、若い僧は帳簿を燃やした。
恐怖ではなかった。
それが祈りより強い力になることを、
理解してしまったからだ。
第二部・現代編
###「レールの外側」
(※ここは先ほどの試作を正式版として組み込み可能)
政府庁舎の地下。
使われなくなった会議室。
「止められません」
誰も反論しない。
「なぜ続ける?」
「続けているんじゃない。
降りられないだけだ」
その夜、私は報告書を提出しなかった。
提出しても、レールは曲がらない。
私はただ一文だけ、私的なメモに残した。
これは失敗ではない。降りられないレール
設計通りだ。
そしてその一文こそが、
誰にも読まれなかった。
第三部・未来編
###「自然定数」
学校ではこう教えられる。
複利は重力と同じである
抵抗は非効率である
子どもたちは笑う。
昔の人類は、成長を疑ったらしい。
医療は寿命を延ばす。
金融は時間を折りたたむ。
国家は崩壊しない。
ただ、更新され続ける。
ある日、老技師が質問した。
「なぜ人口は増えない?」
AIは即答した。
「指数関数は、
人間の有限性と相性が悪いためです」
「では、なぜ続ける?」
沈黙が0.3秒続いた。
「それは自然法則だからです」
老技師は初めて笑った。
「違うな。
それは“信仰”だ」
記録には残らなかった。
訂正は不要と判断された。
あとがき
当たり前だが、
複利ほど気持ちのいいグラフは存在しない。
右肩上がりで、
なめらかで、
未来が約束されているように見える。
だが、人口を見ても、
給料を見ても、
出生率を見ても、
それらはどうやっても指数関数的には増えない。
むしろ、ある地点から必ず鈍化し、
緩やかな曲線へと移行していく。
それはまるで、
それ以上増えてはいけない
という掟が自然界にあらかじめ組み込まれているかのようだ。
寿命も、資源も、身体も、
すべては有限で、調整される。
それでも人間だけが、
数式の上で無限を夢見る。
複利という考え方は、
理想としてはあまりにも美しい。
だが同時に、
人間の有限性と決定的に噛み合わない。
この違和感を、
私はうまく言葉にできない。
ただ、
本来は自然が拒むはずの振る舞いを、
「正しさ」や「合理性」として崇め続ける姿を見ていると、
どこか信仰に似たものを感じてしまう。
それが
悪魔崇拝のように思えるのは、
きっと私だけではないはずだ。




