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文明が一度、数を捨てた理由

まえがき


複利という概念が、古代文明にまったく影響を与えていなかったと考えるほうが、むしろ不自然なのではないか――

そんな疑問から、この物語は始まった。


数を数えること、増やすこと、未来に備えること。

それらは文明の成立とほぼ同時に生まれ、やがて宗教や道徳、制度の中に姿を変えて組み込まれていった。

利を利で生むという発想もまた、人が時間を味方につけようとした、ごく自然な思考だったはずである。


同時に、多くの宗教が「際限なき増大」や「過剰な蓄積」に警告を与えてきたことも事実だ。

成長を善としながら、成長に飲み込まれることを恐れる――

そこには、複利という思想がもたらす光と影を、直感的に理解していた人類の姿が重なって見える。


誰もが一度は思いつく。

しかし、その思考を社会の基盤に据えたとき、どこへ向かうのか。

この物語は、複利が文明を必ず滅ぼすと主張するものではない。

ただ、それが「選択」であり、結果を伴う思想であることを、物語という形で問い直しているにすぎない。


ここに描かれている出来事、文明、人物はすべてフィクションであり、

特定の歴史解釈や経済理論を断定するものではない。

これはあくまで、個人的な思索と想像の産物である。


それでももし、読み終えたときに、

「進歩とは何か」「成長はどこまで許されるのか」

そんな問いが心に残るなら、この物語は役目を果たしたのだと思う。


答えは、物語の中にはない。

それを書くのは、今を生きる私たち自身だからだ。

粘土板は、地下七層の倉庫で見つかった。

戦争でも、洪水でもなく、明確な意志によって埋められていた。


考古学者レイは、その理由を一目で理解してしまった。


刻まれていたのは、数だった。

いや、増え続けることを前提とした数――

彼女が大学で教えている、複利計算。


「……文明最初期に、これは早すぎる」


年代測定は冷酷だった。

誤差はなく、人類が都市を持ち始めた頃を示していた。


粘土板の最後に、数式は途切れ、言葉が始まっていた。


この数は、富を生まない

生まれるのは、支払う未来である

時間が味方になると信じた瞬間

我らは、時間に食われる


よって我らは、この数を

神から盗んだものとして

再び土に返す


レイは、その場に座り込んだ。


歴史では、複利は近代の発明だと教えられる。

市場が必要とし、銀行が磨き、文明を前に進めた――と。


だが、この粘土板は違う歴史を語っていた。


彼らは知っていた。

複利は発明ではなく、一度世界を壊しかけた現象だということを。


さらに、別の板が見つかった。

そこには、文明の終盤が記録されていた。


人口の増加。

神殿の拡張。

管理者の増殖。

借りた穀物が、次の年には倍で返される仕組み。


増やすこと自体が、神聖視された時代。


そして、こう書かれていた。


我らは成長を祈り、

成長が止まると罰だと考えた


だが止まらぬものは、いずれ支配する


数が神になった夜から

文明は、ゆっくりと死んだ


発見は、すぐに政府と企業に共有された。

公式発表は短かった。


「複利は人類の進歩の象徴である」


粘土板は展示されなかった。

研究チームは解散し、レイは職を失った。


数年後、世界は静かに軋み始めた。


債務は債務を生み、

権力は権力を呼び、

管理のための制度が、さらに管理を必要とした。


文明は再び、増え続ける前提の上に立っていた。


戦争が起きた。

理由は資源、宗教、国境。

だが、どれも表層だった。


レイは、再び地下に降りた。

誰も訪れない保管庫で、粘土板を抱きしめる。


「同じところまで来てしまったのね」


彼女は理解した。

古代文明は未熟だったから滅びたのではない。


複利を生産しようとし、

それが止まらないと気づいた後に、

封印を選べなかったから滅びた。


粘土板の裏面に、彼女は新しい一文を書き加えた。


この数を、再び発明と呼ぶな


これは選択であり

逃げられない責任である


翌朝、都市はいつも通り動いていた。

株価は更新され、利息は計算され、

AIは一切を記録していた。


誰も知らないまま、

人類は再び――

かつて一度、文明が封印した地点に立っていた。


封印するか。

あるいは、忘れたふりをして進み、

同じ結末を迎えるか。


答えはまだ、書かれていない。

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