短編小説:「煙の橋」
前書き
本書には、偏った見方や、筆者の個人的な意見が含まれています。
しかし、もしその意見が事実とするなら、非常にまずい事態が起こりつつあるのではないか――そう考えて、本稿を書きました。
前の派遣会社で日雇いを待つあいだ、佐藤は無意識に外国語の響きに耳を傾けていた。
ベトナム語だろうか、ミャンマー語だろうか。若い実習生たちがスマホを見ながら笑っている。
ここは近未来の日本。表向きは「移民を積極的に受け入れている国」と宣伝されているが、実態は技能実習制度のためなのではないかと感じている・・・
実習生たちは「移民」とは呼ばれず、安価な労働力として使い捨てられる。
彼らの時給は、佐藤と比べても大差ない。いや、最低賃金すら下回っているかもしれない。
企業にとっては「管理しやすい人材」であり、失業しても代わりはいくらでもいる。
派遣社員である自分も同じだ――そう気づくと、胸の奥が重くなった。
社会全体は、いつの間にか「見えない身分制度(士農工商の再来)」を形づくっている。
それは、技能実習制度を起点として成り立っているようにも感じる・・・
それは国が否定しても、制度と賃金の差が人々を押し込めていく現実だった。
夜、居酒屋で同僚が言った。
「移民なんか増やしたら治安が悪くなるだけだ。俺らの仕事も奪われる」
その言葉は耳慣れた正論のようで、どこか戦前のスローガンを思わせた。
「日本人を守る」という大義の下で、誰かを切り捨てる匂いがする。
ある日、佐藤は偶然、工場の裏手で技能実習生たちが集まるのを見かけた。
彼らは声を潜め、互いの言葉を翻訳アプリに通しながら、紙切れを回していた。
「組合」――と、片言の日本語が耳に入った瞬間、佐藤の背筋がぞくりとした。
それは危険の兆しかもしれない。
もし彼らが結束すれば、企業は混乱し、街は騒動に巻き込まれる。
ニュースは「移民暴動」と報じ、世論は排外主義に傾くだろう。
だが一方で、それは自分たち非正規の日本人とも通じる、格差への抵抗なのかもしれない。
数週間後、実習生の一団がストライキを始めた。
町は騒然となり、SNSには「追い出せ」の声が溢れた。
佐藤は工場前で、組合を率いる若者と目が合った。彼は必死の日本語で叫んだ。
「わたしたち、敵じゃない。おなじ、はたらくひと!」
その言葉に返すべき答えを、佐藤は持たなかった。
ただ、胸の奥で何かが崩れ、同時に煙のように立ちのぼるのを感じた。
移民は脅威か、仲間か――。
それは彼自身の選択でもあり、日本社会全体の問いでもあった。
佐藤はしばらく立ち尽くし、遠くで鳴り続ける警報の音に耳を澄ませた。
答えの見えない煙の橋を、彼らはすでに渡り始めているのだ。
――了
あとがき
この物語を書いているあいだ、ふと考えたことがある。
インフレだから最低賃金は上がっている。では、技能実習生の賃金も同じように上がっているのだろうか。
もしかすると、それが一つの答えになるのではないかと。
人材の確保は、もはや国内だけで完結するものではない。国同士の競争となり、そこに日本も確実に巻き込まれていく。
そうであるならば、「その地域の賃金よりも魅力的な水準」が基準になるのは当然で、技能実習生の待遇もその圧力の中で動かざるを得ないだろう
本文では「労働組合の結成からストライキ」という展開を描いた。
しかし、もし最悪の事態を想像するならば――テロ組織が技能実習生に入り込み、暴徒化し、鎮圧のために自衛隊が出動する……そんな信じがたい悲劇さえありえるかもしれない。
もちろん、それはただの妄想にすぎない。だが、避けるべき未来を想像することには意味があるのではないかと思う。
技能実習生制度が、政府によって最低賃金以下で働いてもらうことを容認するなら、それは単なる労働政策の問題にとどまらない。
社会的には、事実上の人種差別を正当化し、日本人自身の安全や権利にも影響を及ぼす危険があるのではないか――そう感じるのは、果たして気のせいだろうか。
そして、それを慣例としている企業にもおなじことがいえる・・・




