ゴミ袋の国
朝、交差点の角に置かれた透明な袋が風に揺れていた。
中身は分別されていない。空き缶と紙くずと、どこかの店のレシート。
誰も拾わない。
誰も怒らない。
ただ、少しだけ視線を逸らして通り過ぎる。
昔はここに、青い袋があった。
無料で、丈夫で、少し大きめのやつだ。
朝に出しておけば、夕方には消えていた。
理由なんて考えたことはなかった。
「そういうものだ」と思っていた。
市役所の掲示板に貼られた紙には、
「有料化により、収益が改善しました」
と書いてあった。
誰かが得をしたらしい。
でも、どこで誰が、何を失ったのかは書いていない。
道は少し汚くなった。
注意書きは増えた。
監視カメラの数も。
でも統計上は、成功だった。
父は言っていた。
「人はな、楽な方に流れる。
だから楽な方を正解にしないと、国はもたない」
父の世代は、文句を言わなかった。
袋が置いてあれば、そこに捨てた。
列があれば、並んだ。
頭が良かったわけじゃない。
従順だったわけでもない。
考えなくてよかっただけだ。
今は違う。
一つ一つ、判断を迫られる。
払うか、払わないか。
守るか、抜けるか。
得か、損か。
みんな少し賢くなった。
そして、少しだけ冷たくなった。
ニュースでは言う。
「日本はまだ大丈夫です」
「秩序は保たれています」
確かに、壊れてはいない。
ただ、理由が変わった。
昔は
「そうするのが当たり前」
今は
「罰せられたくないから」
夜、コンビニの前で、袋を抱えた老人が立ち尽くしていた。
どこに捨てればいいのか分からないらしい。
誰も声をかけない。
関わると、時間がかかるから。
タイパが悪い。
彼は思う。
この国は、
何を節約して、
何を失ったんだろう、と。
秩序は残っている。
でも、それを支えていた“空気”が消えた。
もしこれがただの管理国家なら、
もっと安い国でいい。
もっと強い国でもいい。
それでも、まだ完全には嫌いになれない。
なぜなら、
ゴミ袋が無料だった頃の記憶が、
まだ体のどこかに残っているからだ。
翌朝、彼は一つ袋を拾って、持ち帰る。
分別して、指定日に出す。
誰にも褒められない。
意味があるかも分からない。
それでもやる。
この国が、かつて「いらなくなかった理由」を、
自分だけは覚えていたかったから。




