とある日常・・・
彼は毎朝、同じ道を通って職場へ向かう。
ヘルメットを被り、エンジン音を確かめ、いつも通り走り出す。ただそれだけのことを、少し丁寧にやる人だった。
安全や安心という言葉は、彼にとって特別なものではなかった。
掲示板に貼られた標語のように、あって当然で、考えなくても前に進める言葉だった。
その日も、何事もなく走り出したはずだった。
帰り道、交差点の手前で人だかりを見た。
倒れたバイクと、動かない人影。
誰なのかは分からない。ただ、同じような服装で、同じような時間に、同じ道を走っていたであろうことだけが、妙に現実味を持って迫ってきた。
安否は不明だという。
それ以上の情報は、誰も知らなかった。
彼はその横を、ゆっくりと通り過ぎた。
自分が無事でいる理由を探したが、思い当たるものはなかった。
慎重だったからでも、運転が上手かったからでもない。
ただ、そこにいなかった。それだけだ。
安全や安心が語られる一方で、どうしても、そこからこぼれ落ちてしまう人がいる。
それが避けられない現実だとするなら、「安全安心」という言葉は、完全ではないのかもしれない。
彼は家に着き、エンジンを止めた。
何も壊れていない。
それでも、しばらく手袋を外せずにいた。




