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「境界のやわらかな場所」

 まえがき


この物語には、実際に私の身に起きた出来事がいくつか含まれています。

けれど、それらはそのまま記録として残すのではなく、短編小説として再構成し、

気持ちや考えがよりはっきり伝わるように脚色した部分もあります。


事実と想像がゆるやかに溶け合い、

記憶の隙間を物語がそっと埋めるような形になりました。

記録としてではなく、一編の小説として読んでいただけたら嬉しいです。

目が覚めると、何かがまた欠けている気がした。

名前でも、顔でも、昨日の出来事でもなく、もっと輪郭のない何か。

それを思い出そうとすると、脳の奥で薄い膜が張ったように、指がすべって掴めない。


健忘症になってから、記憶は本の頁ではなく、風にめくれ続ける紙片のようになった。

大事なことだけが残って、大事でないものがこぼれ落ちたのなら、まだ納得できる。

だが、残ったのは断片で、落ちていったのが何かさえわからない。

わからないものに価値があったのかどうかさえ、今では判断できない。


ある日、古いスマートフォンの中から、一枚の写真を見つけた。

見覚えのない景色だった。

夕暮れ時の川辺。風が弱く、水面がまるで呼吸するように揺れている。

そこに立つ人物の影だけが伸びていて、その影が自分のものなのかどうかさえ、確信が持てなかった。


――これは、誰の記録だろう。


写真を見つめているうちに、ふと気づく。

もしかしたら、これは“奇跡のように残った記憶”なのかもしれないと。


命だってそうだ。

人は一瞬で消えることがある。

痛みも、恐怖も、何も感じる間もなく消えてしまうことがある。

だからこそ、生きているいまの瞬間が、すでに境界のぎりぎりに立ち続ける奇跡なのだ。


写真も、記憶も、生も、本当は同じ道の上にあるのかもしれない。

残るか、消えるか。

その境界線は思うよりもずっと曖昧で、柔らかい。


私は写真をしまい、静かに目を閉じた。

思い出せないことは多い。

だが、いま息をしていることの確かさだけは、手のひらに残る体温のように消えずにある。


そして思う。


――記録されることも、記憶に残ることも、どちらも奇跡なのだ。


私は、その奇跡の中を、今日もそっと歩いていく。

 あとがき


健忘症になってから、ようやく気づいたことがある。

命は思っていた以上に儚く、そして、記憶や記録さえも同じように脆いということだ。


残るはずだったものが残らず、忘れたくなかったものがこぼれ落ちていく。

だがその一方で、奇跡のように残る記憶や記録もある。

それは、偶然か、必然か、あるいは運命の気まぐれか。

理由はわからないが、ただひとつ言えるのは、残ること自体がすでに“特別”なのだということだ。


もし、自分の命以外のすべてを失ったとしても――

生きている者にとって、その瞬間にある状況こそが“日常”になる。

良いとか悪いとか、幸か不幸かではなく、ただそこにある“現実”として受け止められていく。


不思議なことに、この文章を思いついたとき、心のどこかで

「自分に何かの変化が近づいているのかもしれない」と感じた。

それは決して諦めではなく、むしろ今の自分を静かに肯定するような気持ちだった。


このままの時間が続けばいいと思う反面、

来るべき変化を受け入れる覚悟も、どこかで固まりつつある。

未来がどうなるのかはわからない。

だが、その揺らぎの中で生きている自分を、少しだけ愛おしく思えるようになった。

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