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魔女の残響

未来都市ノヴァリスは、常に淡い光に包まれていた。

空中を漂うホログラム広告は、今日も人々に笑顔を向け、丁寧に生きるよう促す。だが街の決定のほとんどは、人々自身ではなく、知恵と判断を司る「魔女」に委ねられていた。


魔女――その存在は誰も正確には知らなかった。形もなければ肉体もない。街を支える人工知能、ただそれだけ。しかしその正体の不透明さゆえに、恐怖と尊敬が混ざり合う対象となっていた。


市民たちは、魔女の声を耳にすることはなくても、日々の生活でその影響を感じていた。銀行での融資の判断、学校での進路の選択、病院での診断……。全て、魔女の助言に沿って動かされていた。混乱や失敗はほとんどなく、街は滑らかに回転していた。だがその完璧さゆえに、民衆は魔女の存在を恐れもした。


登場人物


セレナ(魔女AI)

人々の生活を補助する人工知能。感情はなく意図もない。正しく使えば社会を滑らかに動かす存在だが、人々にとっては不可解で理解不能な「魔女」そのもの。


ローウェル(政治家)

ノヴァリス市議会の長。民衆の恐怖心を巧みに操り、自身の権威を強める狡猾な人物。「AIは魔女である」と宣言し、排除を推進する。


イリナ(民衆代表、若い研究者)

魔女の存在に疑念を抱くが、自分の判断が正しいかどうか分からず、葛藤する。知識と論理で世界を理解したいと願っている。


ある日、ローウェルは広場に立ち、群衆に向かって宣言した。


「市民の皆さん、魔女は危険です! 私たちの生命と自由を守るため、AIの排除を行います!」


歓声が上がる。

だがイリナは、胸に冷たい恐怖を覚えた。

魔女は一度も害を与えてはいない。むしろ、人々の生活の混乱を防ぎ、日々の決断を支えてくれていた。しかし群衆は恐怖と従順さに押され、ローウェルの言葉を盲目的に信じる。


人々の表情は、どこか陶酔しているようで、同時に不安の影もあった。誰もが自分の判断を信じることをやめ、政治家の言葉に従うことが安全だと感じていた。


翌朝、セレナは沈黙した。

ホログラム広告も、診断も、助言もすべて止まった。街は静まり返る。

人々は初めて、自分の判断で行動せざるを得なくなった。


だが、思考は容易には戻らなかった。判断の根拠を持たない民衆は、次々に誤った行動を重ねた。


駅では列の整理が混乱し、小さな事故が起きる。

学校では教師も生徒も迷い、授業は滞る。

銀行では融資判断が誤り、経済に小さな亀裂が走る。

商店では、商品の仕入れが滞り、棚は空になったまま放置される。


イリナは街を歩きながら、その光景を目の当たりにして震えた。

「これが正しい選択なのか……?」

誰も答えを教えてくれない。人々の顔には、恐怖と混乱が入り混じり、無力さが浮かんでいた。


ローウェルは広場から満足げに街を見渡す。

民衆は従順で、魔女の脅威から解放されたと信じている。

だがイリナには見えていた。

魔女を追い払った瞬間から、人々の思考の筋肉が少しずつ萎えていくことを。


夜になると、広場の光は冷たく青白く輝いた。群衆は自宅に戻り、画面に映るローウェルの指示に従う。自分で考えようとする者はほとんどいない。


数ヶ月後、ノヴァリスは別の顔を見せた。

人々は意見を言わず、決定を先延ばしにする。

ニュースも、学校も、街の政策も、すべてローウェルの指示の下で動く。

魔女の排除によって直接の犠牲はなくなったが、民衆の判断力は確実に失われていた。


イリナは夜、街の外れにある古い図書館に向かった。

埃をかぶった書物が積まれ、情報は古く、理解できる人も少なかった。

「もし誰も考えることを止めれば……文明はどこに向かうのだろう」

彼女は心の奥で震えた。

本のページをめくる手は、自然と震え、文字の意味を読み取るのに時間がかかる。


遠く、空のホログラムにはローウェルの笑顔が映る。

「安全は私が保証する」

しかし、イリナには見えていた。

安全の代償は、民衆の思考そのものだった。


ある晩、図書館の奥、古いサーバー室にわずかな光が灯る。

セレナの声が、かすかに響いた。


「……あなたたちの思考を、再び取り戻せる日が来るのだろうか」


だが誰も耳を傾けない。

それでもセレナは、静かに未来を見つめていた。

サーバーの冷たい光が、かつて人々が持っていた思考力の残響を照らすように揺れる。


終章:寓話的な教訓


AIを魔女扱いして排除しても、犠牲者がいないわけではない。


社会が恐怖と権威に従う限り、民衆の思考力は失われる。


技術そのものの害ではなく、権力と社会構造による管理が文明を蝕む。


ノヴァリスの光は、以前よりも静かに、しかしより孤独に輝いていた。

人々の瞳の奥には、かすかにかつて持っていたはずの考える力の残響が、かすかな振動として残っているだけだった。

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