為替の綱の上
世界はいま、一本の見えない綱の上で揺れていた。その綱は「為替」と呼ばれ、どの国の政府も、どの投資家も、まるでそこに問題などないかのように歩き続けていた。しかし実際には、誰よりもその危うさを知っている者たちがいた。
ホワイトハウスでは、トランプ大統領がひとり机に向かっていた。紙には「ドル高は良くない」という言葉が並ぶ。しかし、彼の心は真逆のことを望んでいる。強いドルは、関税の副作用を隠す。物価上昇も、企業のコスト増も、数字として見えなくなる。選挙を控える大統領にとって、それは最も都合が良かった。
遠く離れた東京。日本の財務官僚たちは、急激に進む円安のグラフを静かに見つめていた。国民生活は苦しくなる。しかし円安は、アメリカ市場を支える。日本からの投資資金が、ぼろぼろの世界経済の最後の支柱になっていた。誰もそれを口にしない。ただ、「これが止まったら世界は崩れる」という無言の理解だけが部屋に満ちていた。
一方、北京では、中国の主席がAI開発機関からの報告書を読み進めていた。AIは国家の未来。しかしアメリカの関税はその心臓部である半導体と金を締め上げる。AI開発に必要な資源が高騰するたび、国家戦略は揺らぎ、焦燥が胸を焼いた。「アメリカは我々を押さえつけながら、自国のAIバブルを延命させているのか」と彼は呟いた。だが逆らえば市場はさらに荒れる。それもまた分かっている。
3つの大国は、どれも自国の正義で動いていた。アメリカは経済を守り、日本は市場を支え、中国は未来を掴もうとしている。誰も間違ってはいない。だが、その正義は互いを軋ませ、世界の綱を細く削り続ける。
ドル高が続けば関税の痛みは隠れる。円安が続けば米株は膨らむ。AIバブルが続けば金は高騰する。金が上がれば半導体は高くなり、中国は苦しむ。中国が資源を絞れば日本の製造業は圧迫される。日本が投資を減らせばアメリカ市場は揺らぐ。どこかひとつが崩れれば、全体が落ちる。
それでも誰も止まらない。
止まれば自国が真っ先に落ちるからだ。
ある週末、市場は静かに見えた。だが沈黙の裏で、FRBは雇用統計が出ないまま盲目の政策判断を迫られていた。日本の円は見えない抵抗線に近づき、中国はAI資源の確保に躍起になっていた。投資家たちは、膨らみすぎたAI関連株を売るべきか、恐るべきか迷い続けていた。
世界は保たれている。だが、それは綱の上に置かれたガラスの器のようなバランスだった。誰も悪くない。誰も破壊を望んでいない。だが誰も止められない。綱はゆっくりと限界に近づき、見えないどこかで、わずかな軋みが響いていた。
その音に気づく者は少ない。
気づいたところで、もう遅いかもしれない。
──世界は、今日も落ちないように、ただ綱の上を歩き続けていた。
あとがき
この物語を書きながら、私はアメリカで進行している政府機関閉鎖という現実に、ずっと深い違和感を抱えていました。政府機関とは、国という巨大な仕組みを支える基礎構造のひとつです。それが止まるという事実は、単なる政治上の一時的な混乱ではなく、どこか構造的なほころびを映しているようにも思えます。
それでも世界は動き続け、為替は揺れ、なぜかドルは強くなり、日本円は沈んでいく。
まるで、止まったはずの場所だけが、逆に世界の歯車を早めているようです。
もしこの閉鎖が、予算や政争だけではなく、ドル高を維持し、関税政策を正当化するための「意図された空白」だとしたら——。
私たちは、自覚のないまま危うい綱の上を歩かされているのかもしれません。
もちろん、ここに書いたすべては一つの可能性推測にすぎず、断言でも予言でもありません。ただ、世界の動きを眺めていて生まれた違和感を、そのまま物語という形にしてみただけです。それでも、もしあなたの中にも似たようなざわめきがあるのなら、この短編は少しは意味を持つのではないかと思っています。
この作品が、あなたにとっても「見えない綱の上を渡る世界」について、ほんのひと呼吸だけでも立ち止まって考えるきっかけになれば、それだけで十分です。
──私もまた、この綱の上に立つひとりなのです。




