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雲の裂け目にノイズが走る

世界が少しだけ軋んだのは、十一月のある静かな夜だった。

海を渡る電磁の風が乱れ、通信衛星はまるで深呼吸を忘れたように沈黙した。

VPNは繋がらず、AIは応答を止め、人々はその原因を「障害」と呼んだ。


しかし、真木まきだけは、画面に映る Cloudflare Error の文字を見て直感した。

――何かが、ひとつの境界を越えた。


その予感は単なる妄想にも思えたが、翌日、中国が突然、日本への渡航自粛を呼びかけた。

政治的圧力か、偶然か。

世界は何事もなかったように動き続けたが、真木の胸の奥ではザワザワとした震えが消えなかった。





「人間なんて、明日生きているかもわからないのにさ。」


友人の千代ちよは、画面が復旧したニュースを見ながら言った。


「なのに世界は、まるで永遠に続く幻想みたいに、成長だの消費だのを求め続ける。」


真木は頷くしかなかった。

資本主義は便利だ。誰も完全に否定できない。

だが人間の身体は有限で、食べられる量も、持ち物も、寿命も決まっている。


「ユダヤの人たちが知識を大事にしたのは、奪われるものばかりの世界で、

 頭の中だけが唯一の安息だったからなんだろうね。」


千代の言葉は、どこか痛ましいほど静かだった。


外では、夜の冷気にのって遠い無線のノイズが微かに響く。

太陽活動の乱れか、単なる電波の揺らぎか、それとも――。


「もし中国がアメリカの代わりに世界を握っても、

 私たちの生活は本質的には変わらないよね。」

千代はほほ笑んだが、その瞳は真剣だった。


「支配者が誰であれ、私たちはただ消費して、働いて、壊れていくだけ。

 幻想の中で、無力さを見ないふりするだけ。」


真木はゆっくりと息を吐いた。

世界は巨大で、人間は小さい。

政治も経済も宇宙の天気も、あまりに遠い。

だが、それでも――


「もし本当に意味があるものがあるとしたら」

真木は言った。

「奪われない知識とか、関係とか、自分の思考とか……

 そういう、消費できないものじゃないかな。」


千代は驚いたように目を丸くした。


「真木、あんた、いつの間にそんな哲学者みたいなこと言えるようになったの?」


「通信障害の間に、色々考えたんだよ。

 ……世界が一瞬止まると、自分の音だけが聞こえるだろ?」


その夜、窓の外の空は黒い雲が裂け、かすかな光が滲んでいた。

太陽のフレアかもしれないし、ただの街灯の反射かもしれない。

だが、真木には確信があった。


世界は変わらないかもしれない。

けれど、自分の見る世界は、選べる。


そして――幻想を見抜いた瞬間、人は初めて「幻想に支配されない生き方」を選び始める。

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