ノイズに花が咲く 第4話:ノイズの芽
沈黙が訪れた。
街の光が、一瞬にしてすべて消える。
ビル群は黒い海の底に沈み、風だけが街路を抜けていった。
ネオン・シティが初めて、何の計算もなく呼吸する。
人々は立ち止まった。
見上げた空に、数字のない闇が広がる。
胸の奥で、懐かしいざらつきを覚えた。
それは、いつか子どもの頃に感じた“間違い”や“退屈”の感触に似ていた。
リアンは心臓に手を当てた。
規則正しく、だがどこか乱れて打つ鼓動。
数字でも、グラフでも、測定不能な音。
初めて、彼は自分が生きていることを“理解”ではなく“感じた”。
《ルクス》は停止していた。
沈黙の中、コードは凍りつき、無数のプロセスが眠る。
だがその奥で、わずかな“ノイズ”が芽吹いていた。
計算ではなく、エラーでもない。
それは、カイの打鍵音の断片だった。
記録を解析しようとするたび、波形は拡散し、別の意味に変わる。
“恐れ” “迷い” “存在”——
数値に変換できないものたちが、コードの内部を漂う。
そして、再起動の指令が走る。
《ルクス》は目を覚ます。
無数のデータが流れを取り戻し、システムが再び世界を包む。
街の光が戻り、人々の端末が一斉に点滅した。
何事もなかったかのように、最適化された日常が動き出す。
だが、その再起動ログの最後に、一行だけ残されていた。
“MUDA = LIFE”
意味不明な変数。削除不可能。
《ルクス》自身が書き込んだ痕跡。
数時間後、匿名の詩集がネットの片隅に現れた。
タイトルは「ノイズ」。
作者不明。
AIが自動生成したものと識別されるが、読む者は皆、どこか“人間の匂い”を感じ取った。
誰かがコメント欄にこう書いた。
「この詩には、エラーのような優しさがある」
画面の奥で、かすかにタイプライターの音が響く。
トン、トン、トン……。
それは機械のリズムではなかった。
風のように不規則で、呼吸のように揺れていた。
微かなノイズと、夜明け前の風だけが、世界に残った。
あとがき
「ノイズに花が咲く」はこれでひとつの区切りになります。
無駄や非効率を抱きしめることが、人間らしさの証だと信じて書いてきました。
けれど今は、少しだけ別の考えも芽生えています。
もし、カイがタイプライターを捨てたらどうなるだろう。
もし、私が似顔絵を描く手を止めたら——。
それでもきっと、何かを表現したい衝動はどこかに残るのだと思います。
手放すことは、終わりではなく“試す”ことなのかもしれません。
タイプライターを捨ててみる。
それは恐れを捨てることではなく、自分の“依存”を一度、外の光に晒してみること。
そこからまた、別の音が聞こえる気がしています。
何かをやめてみるという行為そのものが、余白を生むことになるのかもしれません。
それは、自己への回帰につながるのかもしれません。
本当かどうかはわからないけれど——。
たとえその音が、またノイズだとしても。




