回転の音:後編
あれほど時間をかけた作業の続きは、
驚くほどあっさりと終わった。
ベアリングが抜けたあとの空洞を掃除し、
金属粉を拭き取る。
それだけで、どこか清められたような気がした。
オイルシールとOリングはそのまま残した。
交換の必要はないと判断した。
迷いはあったが、作業は迷いよりも先に進んでいた。
新しいベアリングを取り出し、
そっと冷蔵庫から出す。
一応、はめ込みやすいように冷やしておいたのだ。
金属がわずかに冷たく、空気に触れて白く曇る。
「こんなことで壊れるようなベアリングじゃないだろう」
そう思いながら、
ゆっくりと圧入していく。
力もいらなかった。
ただ、正しい位置に導かれるようにすっと入っていく。
最後に、極圧有機モリブデングリース(ウレア系)を薄く塗る。
金属の表面がしっとりと落ち着く。
潤滑というより、呼吸を合わせるような感触だった。
その瞬間、ふとyoutubeで見かけた
“アドバンテージワックス”という文字が頭をよぎる。
使ってはいない。
けれど、その響きがなぜか記憶に残っていた。
おそらく、あのときすでに「次に使うもの」を意識していたのかもしれない。
回転の音が静かに戻っていく。
それは、機械が息を吹き返すというより、
世界の一部が元のリズムを取り戻したような音だった。
作業が終わる。
部屋は静かで、空気は透明だった。
そして私はただ、回転の音をしばらく聴いていた。
あとがき
一番困ったのは、作業そのものではなかった。
ベアリングを交換するために必要な部品が、
予定の日に届かないことだと思い込んでいたことだった。
Amazonの配送状況を何度も確認する。
「配達中」「輸送中」「未発送」——
文字は動くのに、現実は少しも進まない。
郵便局の普通郵便は土日配送されないと思い込んでいた。
そのため、ベアリング交換は来週までおあずけになると信じていた。
手は動かせないのに、心だけが落ち着かず、考えはぐるぐる回った。
ところが、実際には郵便局にもさまざまな土日配達制度があり、
荷物は土曜日の午後に届いたらしい。
安堵の気持ちが、体の奥まで広がる。
日曜日、試行錯誤しながら作業を始めた。
届いた荷物を手に取り、初めて心から作業に集中できた。
Amazonの配達状況の文字列だけで動揺していた自分に、少し笑ってしまった。
結局、この小さな勘違いが、
作業を慎重に、そしてじっくり楽しむきっかけになったのかもしれない。
金属の冷たさ、工具の重み、手の感覚——
すべての瞬間が、今思えば贅沢な時間だった。
補足
一方で、焦る気持ちのあまり、
注文していた企業にに対して苦情の通信文を送ってしまったこともあった。
郵便局で配達されたの事なので、最短で月曜日になったことで残念というような文を・・・
後から思えば、完全に自分の勘違いなのだが、
そのときは焦りと不安で頭がいっぱいだったのだ。
届いた荷物を手にして安堵した瞬間、
その通信文のことを思い出して、思わず苦笑した。
自分の小さな焦りが、手紙という形で現れていたことに、
少し滑稽さを感じた。
それでも、ふと考える。
自分の勘違いや焦りの背後には、
すでに輸送業界全体が、危機に瀕しているのではないか——
という感覚がちらつくこともあった。
人も物流も、常に時間と距離の制約の中で動いている。
一つの荷物の遅れで心が乱れるほど、
システムは脆くも見える。
こうした思索もまた、今次回の短編小説に残しておきたい。
些細な日常の焦りや勘違いが、
静かな観察と小さな気づきにつながる瞬間だからだ。




