手の中の静かな作業:中編
届いた工具を手に取る。
金属の冷たさが、手のひらに少し重く感じられた。
ベアリングプーラー——その名前が示す通りの仕事を、
これから自分の手で行う。
慎重に位置を合わせ、ハンドルを回し始める。
金属がきしむ小さな音。
ゆっくりと、確かに上昇していく。
だが、ある地点で動きが止まった。
「もう少しで抜けるはずだ」
そう信じて回す手に、抵抗が増す。
それでも、あと少しだけと思いながら、さらに回す。
——動かない。
感覚が告げる。これは“限界”だ。
ベアリングプーラーの初期位置が浅く、
上昇できる幅そのものが足りなかった。
すでに工具は自分の“上昇限界”に達していたのだ。
それ以上、上がるはずもない。
けれど、心のどこかがそれを認めたくなくて、
「もう一回」「もう少し」と、回そうとしていた。
その違和感に気づくまで、しばらく時間がかかった。
緩めるだけでも一苦労だった。
固く締まった金属の感触が、まるで意地を張っているように感じられた。
そして、ようやく少しずつ動き始めたとき、
自分の中の焦りや力みも、同じようにほどけていった。
上昇限界を知ることは、
ただの作業上の判断ではなく、
自分の手と心の限界を見つめることでもあったのかもしれない。
やがて、ベアリングが静かに抜け落ちる。
「コトン」という音が、部屋の中に小さく響いた。
その音が、長い時間の終わりを告げる合図のようだった。
それに、気がつくまでにどれだけの、後悔や、この時間以内にベアリングが抜けなかったら、そのベアリングと駆動系を持ち、バイク屋に駆け込もうとも考えていました・・・
そこまで追い詰められていました・・・




