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カプラーの午後

あらすじ案


派遣でスマホ修理の現場に入った主人公。

顕微鏡を覗きながら、基板のチップを交換し、マイクロハンダで線を繋ぐ——そんな精密作業を淡々とこなす。

ある日、工場内の機械のボタンが壊れた。原因は単純、配線の先のカプラーの金具が抜けただけ。

主人公は「こんなの、工具さえあればすぐ直せる」と思う。


だが、上司は言う。

「それは難しい。専門外だから。」

同僚たちも黙り込む。

それどころか、修理を外部に委託し、丸一日も止まってしまう機械。


主人公の胸に広がるのは、ただの疑問だった。

——スマホの中の1ミリにも満たないチップを交換できる人たちが、

どうして、配線の端子ひとつを“難しい”と言うのか?


その日から、彼は考え続ける。

「難しい」とは何か。

「できる」とは何か。

そして、現場の“技術”とは、ほんとうに何を意味するのか。

昼下がりの修理台に、一本の断線した配線が置かれていた。

先の金具が折れて、カプラーの中で抜け落ちている。

見た瞬間に、主人公は「あぁ、これならすぐ直せる」と思った。

被覆を剥いて、端子をかしめて差し込むだけ。

必要なのは、適正サイズの圧着ペンチと、少しの慎重さだけだ。


だが、隣の席の先輩が首をかしげた。

「それ、ややこしいよ。交換は難しいから、別の部署に回した方がいい。」


“難しい?”

主人公は思わず顔を上げた。


この職場では、スマホの基板に載った米粒ほどのICチップを交換する。

マイクロスコープを覗き、ハンダを流し、線を一本一本つなぐ。

手の震えも許されない繊細な作業だ。

そんな人たちが、

配線の端子をひとつ替えるのを「難しい」と言う。


「工具もあるし、自分でやりますよ」と言ってみたが、

上司は軽く笑って首を振った。

「いや、そういうのは専門外だから。壊したら責任取れないし。」


その日の午後、修理機は止まったままだった。

外部業者を呼ぶことになり、現場は静まり返る。

主人公はその沈黙の中で、自分の中のざらりとした違和感をなぞった。


“技術って、なんだろう。”

“できること、できないことって、どこで分かれるんだろう。”


スマホの中の世界を覗くとき、自分は確かに職人だと思っていた。

けれど、たった一つのカプラーを前にして、職場全体が止まる光景は、

その自信をどこか遠くに追いやった。


夕方、業者がやってきて、

ほんの五分で端子を交換し、機械は再び動き出した。


その手際を見ながら、主人公は思った。

「簡単なことが、どうしてこんなに遠く見えるんだろう。」


その問いは、まだ答えのないまま、

作業台の上で小さく光る配線の先に、

静かに残っていた。

あとがき


この短い物語は、私自身が派遣として働く現場で感じた違和感から生まれた。

スマホという高度な精密機器を修理する人たちが、

たったひとつの端子交換を「難しい」と口にする。

その光景に、最初はただ首をかしげた。


けれど、少し時間がたって気づいた。

彼らは「できない」のではなく、「決められない」のだと。

会社の方針、マニュアル、責任の所在――

それらの見えない網の中で、技術者たちは少しずつ“自分で判断する力”を奪われていく。


私自身もその網の中にいる。

低賃金で派遣先に通い、目の前の作業を淡々とこなす。

「仕方ない」と思うたび、何か大切なものがすり減っていくような気がする。


それでも、あの日感じた違和感だけは、まだ心の中で光っている。

技術とは、本来“考える力”のことだ。

それを忘れたとき、人はただの部品になってしまう。

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