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静かな同盟

まえがき

本作はフィクションであり、実在する国家、政府、組織、個人の意思や行動を描いたものではない。

しかしフィクションとは、事実を語るためではなく、事実の隙間にある可能性を照らすために存在する。


日本はしばしばアメリカに依存している国として語られる。

それはおそらく事実の一部である。


だが、もし依存とは一方通行ではなく、互いを必要とする関係だったとしたらどうだろう。

そして、片方だけがその事実に気づいていなかったとしたら。


自らを弱いと思い込み続ける国。

その無自覚さに不安を覚える超大国。


そこから生まれる疑心暗鬼は、どのような選択を導くのだろうか。

本作は、そのような仮定の上に築かれた一つの寓話である。

ワシントンD.C.。


国家安全保障会議地下会議室。

壁面スクリーンには中東地域の地図が映し出されていた。


ホルムズ海峡。

ペルシャ湾。

そして赤い矢印。


会議の議題はイランだった。


しかし、議論は奇妙な方向へ流れていた。

スクリーンに映し出されたのは日本列島だった。


「説明してくれ。」

大統領補佐官が言った。


若い分析官は立ち上がった。

「今回の危機で最も重要なのはイランではありません。」


会議室の空気が変わる。

「日本です。」


失笑が漏れた。

「日本?」

「なぜだ。」


分析官は手元の資料を開いた。

「我々は長い間、日本はアメリカに依存していると考えてきました。」


誰も異論を唱えない。

当然の前提だった。

戦後八十年。

安全保障。


外交。

軍事。


日本はアメリカの保護下にある。

誰もがそう説明してきた。


分析官は続けた。

「しかし調査の結果、別の事実が見えてきました。」


画面が切り替わる。

半導体材料。

精密工作機械。

特殊鋼。

電子部品。

海上物流。

無数の線が太平洋を横断していた。


「我々もまた日本に依存しています。」

会議室は静かだった。

誰も反論できなかった。

数字が示していた。


現代産業は複雑すぎる。

誰も単独では生きられない。


問題は依存そのものではない。

問題は、日本がそれを知らないことだった。


「彼らは何を望んでいる?」

大統領補佐官が尋ねた。


「分かりません。」

「要求は。」

「ありません。」

「計画は。」

「見えません。」


補佐官は眉をひそめた。

「あり得ない。」


分析官は小さく首を振った。

「我々はそう考えます。」


「なぜだ。」

「我々は、言葉にされた意思しか信用しないからです。」


会議室が静かになる。

「しかし日本は違います。」

分析官は続けた。


「彼らは言わなくても伝わると思っている。」

「そんな馬鹿な。」

「そうでしょうか。」


彼は資料を閉じた。

「八十年間、日本は大きな意思決定を自ら主張する必要がありませんでした。」

「……。」


「我々が決める。」

「彼らが適応する。」

「それが戦後秩序でした。」


画面に一つの条文が映し出された。

日本国憲法第九条。


会議室から苦笑が漏れた。

「今さら憲法か。」

分析官は答える。


「いいえ。」

「私は秩序の話をしています。」

画面が変わる。


軍事。

経済。

技術。

物流。

金融。


すべてが一枚の図に重なる。


「私たちは九条を日本の弱さだと思っていました。」

誰も否定しない。


「しかし別の見方もできます。」

分析官は静かに言った。


「これは分業の結果だった。」

「分業?」

「日本は経済と技術を支えた。」

「我々は軍事を支えた。」


「そして双方がその役割を当然だと思うようになった。」

会議室は沈黙した。


「もしその均衡が崩れたら?」

誰かが尋ねた。


分析官は答えない。

答えは誰にも分からなかった。


その頃。


東京。

首相官邸。


首相は秘書官から中東危機の説明を受けていた。

「アメリカは軍事介入を検討しているようです。」

首相は資料から目を離さない。


「そうか。」

「我が国への影響も懸念されています。」

首相は小さく頷く。


「対応は関係省庁に任せよう。」

秘書官は頭を下げた。


会話は終わった。

それだけだった。


同じ頃。

ワシントン。

国家安全保障会議。

緊急会合。

軍事行動が承認される。


最後に補佐官が尋ねた。

「日本の反応予測は。」


沈黙。

誰も答えられない。


分析官が静かに口を開く。

「分かりません。」

「なぜだ。」


分析官は窓のない壁を見つめた。

そして言った。

「彼ら自身が、自分たちがどれほど重要なのか理解していないからです。」


会議室は静まり返る。

誰も言葉を返さなかった。

後になって歴史家たちは様々な理由を語るだろう。


エネルギー。

安全保障。

地政学。

覇権。


しかし記録には残らない理由があった。

超大国が恐れたのは敵ではない。

味方だった。


しかも、自分が味方にとってどれほど重要なのか理解していない味方だった。

そして太平洋の向こうでは、そのことに誰一人気づいていなかった。


まるで空気のように。

あまりにも当たり前だったから。

あとがき

この物語の中で描かれた出来事は架空である。


現実の世界において、戦争や外交の決定ははるかに複雑であり、一つの国や一つの感情だけで説明できるものではない。


それでも私は、この物語を書きながら一つの皮肉について考えていた。


人はしばしば、自分が誰かに依存していることを恐れる。

しかし、自分が誰かに必要とされていることには案外無自覚である。

国家もまた同じかもしれない。


もし日本が長い年月の中で「守られる側」という認識に慣れきっていたならば、その背後で生まれる相互依存の構造を見落としてしまうかもしれない。


そして、見落とされた依存関係は、ときに誤解を生む。

誤解は不安を生み、不安は疑心暗鬼を生む。

疑心暗鬼は、しばしば現実そのものよりも大きな力を持つ。


この物語は、国際政治の話を書いたつもりでいて、実のところは認識の話を書いたのかもしれない。


相手を理解していると思い込むこと。

自分の立場を理解していると思い込むこと。

その思い込みこそが、もっとも奇妙で、もっとも危険なフィクションなのだから。


さらに言えば、この物語は日本やアメリカについて書いたものですらないのかもしれない。


人は変化する。

世代も入れ替わる。

社会も価値観も変わっていく。

しかし、私たちはしばしば過去の相手を見続ける。


昨日の友人。

昔の家族。

かつての隣人。

そして過去の国家。

変わった現実ではなく、記憶の中の相手と対話してしまう。


もし本作に登場した人々の過ちがあるとすれば、それは敵を誤解したことではない。

味方を理解したつもりになったことだった。


世界を動かすのは力だけではない。

認識でもある。


そして認識は、ときに国境よりも長く残る。

願わくば、この物語が終わった後に残るのが国家への不信ではなく、自分自身の思い込みへの小さな疑問であってほしい。


なぜなら、本当に恐ろしいのは知らない相手ではなく、知っているつもりの相手なのだから。

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