表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/73

神のような人々

 前書き


 神という存在は、支配者層にとって都合のよい道具であったのかもしれない。


 キリストが現れなければ、十字軍も宗教戦争も起こらず、数多の血が流れることもなかったのではないか。


 そう考えると、「神がいる」と信じること自体が、人類にとって不幸を招いたのではないか――そんな思 いが、私の胸を離れなかった。

 本編


 人は死に瀕したとき、神に祈る。

 だが、もし神がいるなら、なぜ虫一匹をも救わぬのか。


 人間が「無価値」と切り捨てる命に手を差し伸べない神など、不自然ではないか。

 人間が思う以上に、虫にも、草木にも、知性が宿っていて、次の人間の代わりになるかもしれない・・


 そう考えると、人間本位の「神」の観念はあまりにも傲慢に思えた。


 「神は存在しない」――それが、直樹の長い持論だった。


 けれど彼は気づき始めていた。

 助けを求める声に応じる人、絶望する他人の肩を抱く人、倒れた者を支える人。


 そうした人々の行為こそ、人の中に生まれる「神」に違いないのではないか、と。


 ある晩、直樹は偶然見かけた。

 夜のコンビニの前で泣きじゃくる子どもを、母親がそっと抱きしめる姿を。


 その抱擁には怒りも虚飾もなく、無償に近い愛情の表れだった。


 その瞬間、直樹の胸に浮かんだ。

「虐げることなく、ただ守ろうとする親――それは、神のような存在ではないだろうか。」


 神が天にいなくてもいい。

 人の中に宿る、誰かを救おうとする善意。


 それがある限り、この世界は完全に見捨てられてはいない。




 直樹は初めて


 「神はいるかもしれない」


 と小さくつぶやいた。

 あとがき


 もし神が存在するとすれば、それは宗教の形をとった偶像ではなく、人と人の間にある倫理の中に宿っているのかもしれない。


 困った人を助ける意志、苦しむ人に手を差し伸べる行為、それ自体が「神のかけら」だと考えれば、私たちはすでに幾度となく神と出会ってきたのではなだろうか・・・




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ