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第三話 狩り

主人公の口調を変更しました。一話二話も変更済みです。

 学塾に戻ると、「おぉっ」と顕正が声を上げた。今だかつて、これ程自分が待望されたことは無かった気がする。


 「顕正さんの足、少しは良くなった?」

 「ああ、かなり良くなった。絶好調!」


 何ともあからさまというか、空元気な回答をする。少しでも邦子さんに止められる可能性を押し下げたいと見える。


 「腫れも収まったし、多分動いても痛みは出ないと思うわ。」


 患部を見せてもらうと、赤みは残るが腫れは見受けられなくなっている。完治したと思って良さそうだ。


 「よぉし、怪我も治ったことだし、行くぞぉ!」


 意気揚々と支度を始める顕正に邦子が告げる。


 「お代は40文になります。」

 「あ、ああ。」

 四十文といえば一日分の食費ほどの出費である。財布に無視しがたい痛みを感じざるを得ない。

 支払いを済ませた顕正は、来る前より少し重い足取りで学塾を出ることになった。


――――――――――――――――――――


 狩り場は自宅を挟んでずっと向こうにある。道中、鳥居の道を通り掛かるとき、見知った顔が家の反対側へ通り過ぎようとしていた。我が家の番犬、義童丸(ぎどうまる)である。やたら字面の格好良い芳名は顕正の命名だ。


それを見つけると顕正は「あぁっ!」と声を上げ、義童丸はぎょっとこちらに気付くと、踵を返して家に走り去る。


 「あいつまた脱走しようと…」

 「そういえば、昨日は散歩に行けてなかったっけ。」


 我が家、というか顕正の犬の飼育観は独特で、彼は犬の散歩は週一回で良いと思っている。いや、「思っていた」と表現すべきか。

 義童丸の前に飼っていた正児郎(せいじろう)なる犬はとても大人しく、外の世界にあまり興味を持っていなかった。それ故に週一回の散歩で成り立っていたのだ。


 しかし、義童丸は好奇心旺盛な外に出たがる気質で(これが普通なのだろうが)、週一回の散歩では脱走が頻発した。これでは番犬の役割が果たせない。

そこで渋々ながらも極力毎日散歩するようになったのだった。正直、散歩さえすれば繋がなくても脱走しないのはかなりお利口だと思う。


 「昨日散歩してなかったの忘れてたぜ。朝は散歩に行くべきだったか…」

 顕正はこめかみを押さえて猛省する。

 「まあ、未遂で済んで良かったじゃん。」

 「そうだな…夕方こそはちゃんと散歩に行くとして、さっさと行こう。」


 日が少し高くなっている。九時は余裕で回っていそうだ。


 二人は今度こそ狩り場へと急ぐのだった。


―――――――――――――――――――――

 

 ここで我らの装備を紹介しよう。


 まず自分の得物はいつか説明した通り弓である。小振りな方らしいが、その全長は自分の身長を優に上回り、なかなか嵩張(かさば)る。だがその威力は矢尻が鹿の胴を貫通するほどもある。ただ射程は短いので、一発外して警戒されれば二度と射程内まで近付くことは出来ないだろう。


 そして、顕正が持つ猟銃は水平二連式の散弾銃だ。弾丸は一発弾なので、散弾銃といっても弾は散らない。だが射程と威力は弓の倍以上。そんな装備だ。


 「やっと着いたぜ…とりあえず先行して良いぞ、少し息整えとく。」


 「了解。」


 

 基本方針として、弾丸は高価なので極力使いたくない。獲物を見つけたとき、自分がまず矢で狙撃し、有効打を与えられなかった時は顕正が猟銃で追撃する手筈となっている。

今回狙う獲物は鹿だ。


 自分が先行して鹿やその痕跡を探し、顕正は後方で獲物を運搬するためのソリをずりずり引いていく。弁当などの荷物もあるため、なかなかの重労働であろう。代わってやりたい所だが、自分には猟銃の心得が無いので代われはしない。自分は精々、弓引きとしての役目を果たすしかないのだ。




 山に入ってから、時間だけが過ぎていった。獲物がすぐ近くにいるという痕跡が見つけられず、いつの間にか太陽が頂まで上っている。


 「楓…メシにしようか…」

 疲労困憊という様子の顕正がかすれた声で言う。自分もとうに空きっ腹で、この言葉を待ち構えて耳を澄ませていた所であった。

 「分かった。」

 

 今の顕正を見ていると、やはり邦子の所で足を診てもらったのは正解だったと思う。こんな山中で足の具合が悪くなりでもしたら目も当てられなかった。

 

 早速弁当を開くと、そこには朝に見たようなご馳走がぎっちりと詰まっていた。塩辛い握り飯や漬物も疲れた体に染み渡る。


 不調の猟で沈んだ空気が和らぎ、ほっと息をつく一行。


 「鹿、どこ行ったんだ全く。」

 痕跡は見つかるが、どれもやや古く位置を絞ることが難しい。だがそれでもそれぞれ所感を出し合って、目星を付けていった。

 「(さわ)の方に下ればいるんじゃないか…?」


 「沢はなぁ、搬出が面倒になるからなぁ…」


 「このまま坊主になるよりはましだろ?」


 「そうだなぁ、少し戻りつつ沢に降りるか。尾根(おね)の手前側なら幾分は楽だろう。」


 作戦を立てると、早速荷物を整え狩りに移る。狩ったら血を抜き、搬出して、解体して、義童丸の散歩もしなきゃいけない。我々の時間的猶予は僅かだ。


 どうしても気が急いてしまうが、焦ってはならない。獲物の痕跡を見逃すことがあってはならないのだ。





 その後、根気強く獲物を探す二人。


 そして、もうじき日が暮れるという時、とうとうその時がやって来た。鹿が草を食んだ形跡があったのだ。食いちぎられた断面はまだ新しく、近くには足跡も見つかった。顕正に目配せし、好機を知らせる。


 顕正はソリを置き、猟銃を持つと音を消しつつ隣まで来て痕跡を確認した。

 

 「でかした。」


 顕正がそう小さく呟くと、二人は声を殺して悪童のように「ひひひ」と笑い合った。



 足跡を追うと間もなくしてそいつは現れた。

 大柄でいかにも油の乗った体躯の雌鹿である。

 水を飲むつもりなのか沢へと近寄るが、やや周囲を警戒した頭の動かし方をしている。

 じっと息を潜め、矢を(つが)える機会を待つが、ふと不安がよぎる。


 自分が射て良いのだろうか?


 経験上では、この状況なら七割は命中させられる。外れてしまった時は逃げた鹿を追跡し、警戒範囲の広がった鹿の探知外から、顕正が狙撃する事になっている。

 だが今回は時間が残されておらず、逃げられた場合は追撃する時間が足りなくなる懸念があった。


 ちらりと顕正の表情を伺う。すると目が合い、「ん?」と、どうかしたか?とでも言いたげな顔をする。


 自分のしていた心配など露知らない顕正の表情に、少し安堵した。彼は放たれた矢が鹿を捉える事を信じているし、仮に外れても失望なんてしない。


 母も言っていたじゃないか、『今日のあなたの矢は(あた)る』と。



 鹿は水に口を付ける。とうとう警戒を解いた様だ。


 徐に体を起こし、弓を構える。

 ギチギチと限界まで弓をしならせ、狙いを定める。硬い弓を力一杯引く手が震えそうになるのを必死で抑え、矢が(あた)る未来を確信するまで堪えた。



 …ここだ!



 ビュンッと矢羽根が空を切る音が響き、放たれた渾身の一矢は鹿の首へ吸い込まれていった。


 鹿は足をカクカクさせてふらつくと、間も無くして倒れ伏す。

 


 一瞬の静寂が流れる。



 「………はぁ。」

 まず出たのは自分の溜め息。どっと汗が吹き出し、胸の鼓動がやかましく聞こえた。


 「完っっ璧だ!」


 続いて顕正の歓声。肩を抱き寄せ、頭をワシワシ撫で回してきた。


 心地よい疲労感と達成感が染み出すのを感じる。狩りの成功の喜びを深く噛み締めた。


 ただ、何より顕正の信頼に応えられたのが嬉しいと思っていた。


 自分にとっては父親のような人だから。


 

 大きな成果を得た二人は、深い満足感と共に山を下って行く。

  

狩りのくだり、こんなものを描く路線にしたのめっちゃ後悔してました。実際書くのが困難を極めましたが、作ってみれば良い感じの内容になってくれたので結果オーライって感じですね。

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