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第二話 学塾と結界

 朝食を終えると、早速狩りの支度のために倉庫へ向かった。


 その倉庫は古さの割には小綺麗で整頓されている。母が定期的に清掃してくれてるお陰であるが、こうも綺麗にされると、使う側も自然と汚さず散らかさず利用するようになるからでもある。

決して定期的に掃除という名の監査が来るからではない。


 自分の得物は昔ながらの弓だ。時代遅れなのは否めないが、費用対効果を鑑みれば十分実用的…らしい。正直、顕正の口車に乗せられている気を感じなくはない。


 対して、顕正の得物は水平二連式散弾銃。一般人が入手できる銃では最高の銃らしく、この落差にはどうしても眉をひそめてしまう。まあ、重過ぎてまともに狙えないし、反動も制御できないので自分には縁がないのだけど。



 各々、得物の整備や弾薬等の用意を整え倉庫を出ると、最も大事な荷物を受け取りに行く。そう、お弁当だ。


 玄関まで来ると母が二人分の弁当を用意して待ち構えていた。


 「準備は万端ですか?お弁当も精の付くものにしたので頑張ってくださいね。」


 「ありがとう、お袋。」


 「蓮乃さんいつもありがとうな!」


 大喜びで弁当を受け取った顕正は、それを徐に顔に近付けた。


 「もう美味そうな匂いが漏れてるぞ!今からお昼が楽しみだなぁ。」


 いや、それだけ鼻に近付ければ匂わないはずもない。

 これを見せられて母も苦笑する。母をあまり困らせないで欲しい。


 「楓。」

 こちらを向き微笑みかける母。


 「今日、あなたの矢は当たります。自信をもって射って、成果を持ち帰ってくださいね。」

 

 予言か?それとも応援か、激励か。


 自然の中では、都合良く好条件で射ることはそうそう出来ないため、弓の狩猟は巡り合わせに左右されやすい。近頃はその“巡り合わせ”が悪く、自分の弓で成果を上げた話を持ち帰ることができていない。


 「うん、わかった。」


 目を合わせ、気合いたっぷりに答える。

 根拠なんて無いが、不思議と自信が湧いてきた。


 「おぉ、やる気満々だな。じゃ、早速山に行くぞ!」


 勢いを付けて玄関を飛び出そうとする顕正を母はすかさず呼び止めた。


 「顕正さんは邦子先生の所に!忘れないでくださいね。」


 「くっ…」


 しっかり釘を刺された顕正と共に、邦子先生の元へと出発することとなった。


――――――――――――――――――――――


 村の外れには学塾がある。

 子供に勉学を教え、そして医者のいないこの村に医療を提供する貴重な施設は、学都から来た一人の年配の女性によって営まれている。

 同じく村の外れに住む楓達とは、奇遇にもご近所さんだ。


 戸をがらがらと開き、呼び掛ける。


 「ごめんくださーい。」

 

 「…はーい。」


 少し間を置いて返事が返ってくる。

 おもむろに奥から現れ、楓の顔を見ると

「あらあら」と孫でも見るかのように顔を綻ばせる。

 「どこか怪我したのかしら?」

 「今回は俺じゃないよ。こっちの方。」

 「指差すなよ。先生、昨日ちょっと転んじまって…」

 「あらまぁ大変ねぇ。」

 彼女は三角(みすみ) 邦子(くにこ)。学都から派遣され僻地(呼ばわりされる我らが故郷)の調査と支援を任された学人。歳を取った学人にはありがちな隠居生活だそうだが、隠居するには少し若い気がする。年齢は聞いていないが五十かそこらに見えるのだ。この村に来たのは10年以上前だそうだし、こんなに若い学人がこんな村(へきち)に派遣されるのは非常に稀であろうと思う。

 

 彼女は慣れた手付きで早速患部を観察し、診断を始める。


「うーん、大事には見えないけれど、これからどこか出かける?」


 「えーっと、狩りに出かける。」


 「一人で?」


 「いや、楓も一緒だ。」


 「うん。」


 「ふーん。」と穏やかな顔で逡巡(しゅんじゅん)した後、顔を向けにこりと微笑む。

 「ちょっと腫れてるから念のため腫れを抑える薬を処方するわね。ちょっと待っててくれる?」


 「ああ、分かった。」


 邦子の影が奥へ消えいくのを確認して、顕正がボソりと呟く。


 「金がかかるなぁ…」


 「おい。」


 制しはしたが、確かに医療費は財布に痛い。しかし安全には代えられないはず。


 「必要経費って奴だろ?」


 「言っとくがお前ら母子(おやこ)はマジで心配性が過ぎるぞ。俺らに取っちゃどう考えても治療するほどの傷じゃないのに。」


 そんな折に、奥から足音が近づいてきて顕正は黙りこくる。


 「お待たせしました、これを。」


邦子先生が持ってきたのは液体の入った小瓶と布切れと、黒い小石のようなものであった。


 「この薬を染み込ませた布を当てつつ、氷の霊石で患部を冷やすの。しばらくここで安静にしてもらっていいかしら?」


 「…どれくらいですかね。」


 「最低でも5分くらい。出来れば10分以上続けたいんだけど。」


 待ち時間が出るとなり、ふと自分のお役目を思い出す。


 「そういや、自分は結界の見回りに行かなきゃいけないんだよな。その間安静にしとけば良いんじゃない?」


 「ああ、そういやそうだったな。結界を確認しないことには離れられねぇし。」


 それを聞いて邦子は胸を撫で下ろす。


 「都合が付いたようで何よりです。楓くん、見回り頑張ってくださいね。」


 「手ぇ抜くなよ?」


 にこやかに手を振る邦子と、しかめっ面の顕正の温度差が視界に広がる。


 「ああ、了解。」


 また釘を刺された。真面目に生きてるつもりだが、どれ程信用がないのだろうと少し悲しくなる。しかし、それだけの責任ある仕事を任されたのだから、誠心誠意実行する。そう心に決め、学塾を後にするのだった。

 

 ―――――――――――――――


 我が家には結界が張られている。詳しくは知らないが、顕正は昔、厄介な妖魔と縁が出来てしまったらしい。それからというもの、家の四方に破魔札を貼り付けることで結界を形成し、妖魔を退けているそうだ。顕正は朝に家を出る前、そして夕方に家に入る前、それぞれで破魔札に異常が発生してないか点検をしている。実質、家の周囲をぐるりと回るだけなので、そう時間はかからないだろう。


 まずは一つ目。


 高く大きい針葉樹の元に来た。

悪戯で剥がされないためか、十尺はあろうかというような高さに貼り付けられている。なかなか見えづらいが異常は無いようだ。


 二つ目。


 お地蔵さんの前の何て事はない木。

 例に漏れず地上から十尺の位置に貼り付けられている。霊的な加護でもあるのか、ただの紙切れに見えて、異様に風化に強く感じられる。ここも問題はない。


 三つ目。


 大岩に貼り付けられている。非常に大きい岩だが、お札を十尺の高さに貼り付けられるほどでもなく、八尺程の高さに貼り付けられていた。まあ、大の大人でも手が届かない位置なのは間違いない。ここも異常は見受けられなかった。


 四つ目。


 門、というか鳥居の上部。この手作り感漂う鳥居は、結界が神様の通行を邪魔しないための通り道であるらしい。神様がこんなところを通る機会があるかは知らないが。ここも異常は見られない。


 結界の無事を確認し任務完了と思った時、来訪者が現れた。


 「楓?何やってんだこんなとこで。」


 袴田(はかまだ) 正則(まさのり)。顕正の親父である。この村の安全を保つ防人(さきもり)の長であり、訓練を施す教官だ。常日頃から全長五尺程ある手槍を携行する物騒な男でもある。全ては村の安全維持のため。だそうだ。


 「正則さん、こんにちは。」


 「こんにちは。もう顕正と狩りでも行ってるかと思ったが、顕正(あいつ)も家か?」


 かくかくしかじか説明する。


 「なるほどぉ、そいつは大変だったなぁ。」


 「んで、そっちはどういう用件で…って見れば大体分かるけど。」


 両手で抱える籠に野菜が盛り付けられており、差し入れにでも来たのだろうと察する。背中には手槍が背負われ、平穏なのか物々しいのか分からなくなってくるが。


 「まあ、見ての通りなんだが、入っても良いよな?」


 勝手に入れば良いのでは?と一瞬思ったが、顕正が外部の人間を結界の中に極力入れないよう言っていたことを思い出す。

まあ、正則は割と日常的にこの禁を破っているようなので今更感が強い。顕正も黙認している状態だ、恐らく。


 「本当はダメなんだろうけどねぇ。」


 正則は自分の畑で獲れた野菜を恵んでくれる。可能であればこちらから受け取りに行きたいところだが、正則は蓮乃の顔が見たいらしく顕正や自分は無理。蓮乃も意外に体が弱いらしく一人で出歩けないし、その為に無理をさせるのも忍びない。


そんな訳で、正則は自ら野菜抱えてこの小高い丘に建つ家まで出向いている。どんだけお袋に会いたいんだこの人。


 「良いんじゃないかな。差し入れにはにはめちゃくちゃ助けられてるからね。」


 ここまで来てもらって追い返したり、野菜だけ受け取って帰ってもらうなんて出来るわけがない。そもそも正則は食卓の彩りの救世主。もっともてなしてやりたいくらいだ。

 それを聞くと心のしこりが取れたようで、にかっと笑う。


 「じゃ、行ってくるわ。お前も狩り頑張ってこいよ!」


 「うん、お達者で。」


 少しばかり時間をかけ過ぎただろうか。早く戻って顕正を解放し狩りに行きたいと、駆け足で学塾へと向かいだした。

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