第一話 家族の朝
一部展開を改修しました。
主人公の口調が顕正に似過ぎだったので少し変更しました。二話も変更します。
初めまして。自分はこの物語の主人公である、尾上 楓という男だ。
とりあえず、特に特徴の無い十五歳の男子だと思って頂ければ良い。長い付き合いになるのなら、詳しく分かっていく事だろう。
朝、自分は眠りと覚醒の狭間にいた。
自分でも、非常に朝が弱い事を自覚しており、既に起きるべき時間は過ぎていると予想された。さりとて、体を起こすことは難しく、惰眠を貪ろうとしてしまう。
「楓。まだ寝ているんですか?そろそろ起きなさい。」
母が起床を促しにやってきた。
辛いが、身を起こすしかない。とにかくまずは気合いを高めて、血圧を上げて、身を起こす力を溜めねばならない。もう少し待って欲しい。
その後幾度か母に揺すられるのを経て、自分はとうとう目を開いた。力を溜めた成果である。
「あら、いつもより早いですね。」
母の表情はそこそこ機嫌が良さそうだ。いつもより寝起きが良かったからだろうか。
「もう朝御飯の準備ができていますよ。早く起きてください。」
母がそれを言い終わる頃、瞼が閉じてしまう。溜めた力が尽きてしまったのだ。
するとピシッとおでこの辺りを叩きつけられ、目を開くと冷たい目で見下ろす母が居る。毎朝恒例で安心感すらある目だ。
「早く起きて支度をしなさい。」
「…はい。」
そんなこんなで、いつもと変わらぬ朝が始まる。
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「おぉ、おはよう楓。早く座れ、飯が冷めちまう。」
「おはよう、顕正さん。いい匂いだねぇ…」
ちゃぶ台で胡座をかく強面の男は袴田 顕正。自分と母の住むこの家の主で、猟師兼村の防人である。自分からすると父親に近い存在だ。
「顕正さんが良いお肉を獲ってきてくれたから美味しいご飯が作れましたよ。」
満面の笑顔に明るい声音で言うのが我が母、尾上 蓮乃。朝、自分を起こした母とは別人かもしれないと勘ぐりたくなるが同一人物だ。基本的に眩しい笑顔を絶やさない太陽のような人である。例外があるというだけで。
「蓮乃さん料理の腕がないとこうはならないさ、ぬはは!」
「うんうん、お袋の料理の腕だよなぁ。」
「あぁん!?俺の肉もすごいだろうが!」
強面と筋骨隆々な体躯で食い掛かられ、結構な恐怖を感じる。彼なりの冗談であるが、自らの容貌も鑑みて欲しいところだ。
「って、痛っ…」
その時、立ち上がろうとした顕正は足をかばうように座り込む。
「まあ、大丈夫ですか顕正さん!」
「もしかして怪我してるのか!?」
すぐさま駆け寄り、抑えた箇所を見せてもらうと膝下の脛の一部がほんのり赤く腫れている。
「昨日の夜の点検中にこけちまってな。ま、腫れてもないし大丈夫だよ。」
「いや、ちょっと腫れてるでしょ。」
「こんなの腫れの内に入らないよ。こんなの…えぇと、とにかく平気だ!」
何か、腫れ以外の表現にしたかった様だが諦めたらしい。
「今日も狩りに行って良い肉獲ってきてやるから見てろよぉ?」
「顕正さんそんな状態で山に入る気ですか?」
「本当に平気だって。昨日はこけたあとそのまま点検続けて帰ってきたんだからよ。」
長い付き合いだから分かるが、顕正という男は周囲の心配を意に介さない節がある。蓮乃もそれを知っているため、少々強引に妥協点を探す。
「では、せめて邦子先生のところで怪我を診てもらってから狩りに出向いてください。」
「いや、本当に…」
「これ以上は引き下がりませんよ。」
蓮乃の氷の瞳がギラリと光り、顕正は縮こまった。自分は見慣れているが、顕正はほぼ太陽形態の蓮乃しか見ていないため、その落差に恐々とするようだ。
「邦子先生のところに行くか、今日一日療養するかのどちらかです。どうしますか?」
選択肢を与えているようでほぼ一択である気がする。
「…邦子先生の方。」
か細い声で回答する。
大柄な体が今は半分ほどに小さく見えた。
「楓、食べ終わったら顕正さんを邦子先生の所まで送り届けてください。それから、朝の点検はあなたが代わりにやっておいてくれますか?」
昨日の夕べ点検したものを今日の朝に点検する。正直やる気が湧かないのだが、そんなことは表に出せない。
「了解。」
そう答えた瞬間、縮こまり湿気た顔をしていた顕正がキッと顔を正した。
「おい楓、点検は適当にするんじゃないぞ。」
「お、おう。」
あまりピンと来ていないが、この「点検」はなかなかの重責のある業務であるらしい。
その後、楓たちは黙々と朝食を終え、本格的に一日を始めることとなる。