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第一話 淵より這い出る者
暗黒の淵底。
そこは光の届かぬ忘却の世界。
ただ、ねっとりとした粘液が、静かに揺れている。
その中に、一体の存在が目覚めた。
形は曖昧で、定まらぬ。だが確かな意志が宿る。
「ここは……何処だ?」
記憶は断片的。声なき声が、頭の奥で囁く。
自身が何者かもわからぬまま、彼は動き出す。
周囲には無数の影が蠢き、喰らい合う。
生き残る者だけが、この世界で形を保つ。
突然、巨大な塊が彼に迫った。
黒ずんだ体液が滴り落ちる、その怪物は捕食者。
目は無くとも、殺意だけは確かだ。
迷いは許されない。
彼は反射的に体を伸ばし、敵に覆い被さる。
内部から溢れ出る腐食性の液体が、敵の肉体を溶かし始める。
やがて、敵は崩れ、彼の体はそれを吸収した。
その瞬間、淡い光が体内で灯る。
“何か”が目覚めた。
彼はまだ知らない──
この世界の真実も、自らの宿命も。
だがひとつだけ確かなことがある。
「食うか、食われるか」──それは、ここでの唯一の法則なのだ。
淵より這い出る者。
その名はまだない。
彼の物語が、今、静かに始まった。