少女の困惑
知らない匂いに包まれていた。
脳がとろけて、ふわふわした気分になる。まぶたを閉じたまま、その匂いに身を委ねようとして少女は飛び起きた。掛けてあった毛布が落ちたことにも気づかないまま。起きた場所がいつも眠るソファーであったことに息をついた。
(ね、むっていた、ねむっていた、ねむっていた! なぜ? 夜ではない、時間は……まだ十一時程。なぜ、ねむっている?)
少女は早朝に起き、本を読み一日に一回保存食を食べ、日暮れとともに眠る。文章にすれば一行で終わる生活を崩したことがない。崩し方もわからない。なのに何故、いつも一定の音を刻んでいるはずの心臓が跳ね回って痛いような気がする。目眩を起こすくらいに回る思考に、吐き気すら覚えかけた時。
「あ、起きました?」
「! ……あ」
ひょっこりキッチンにつながる所から出た穏やかそうな顔には見覚えがある。先程の彼女。初めて抱きしめられたぬくもりがフラッシュバックして、今は胸が少し寒い気がした。今まで感じたことのない違和感に、少女はが胸を押さえ首を傾げる。
そんな少女の様子に何を思ったのか。一度キッチンに引っ込んだ彼女は、二つのマグカップを両手に持って、近づいてきた。差し出されたのは、湯気が立ち上る真っ白な丸いものが浮いた、白っぽい焦げ茶色の中身。「どうぞ」と声をかけられ、受け取る。冷えていたのか、指先がじんわりと温かくなる。
「?」
「あ、ココアです。さっき材料買ってきました」
「本?」
「本……? あ、違いますよ! ボクの手持ち金です」
人を何だと思ってるんですか! 頬を膨らませ怒る彼女を、少女は子どものようだ、という表現はきっとこんな時に使うのだろうと思った。喜怒哀楽が激しいのが子どもだと本に書いてあったから。外見は十五歳前後の成人しているのか、それに近い年齢のはずなのに。でも、大事なのは。
「本は、高価」
「……っ」
「不審者は、コレより価値がある。本も。価値がつくところに」
連れて行ってほしかった。そう溢す前に。
むにっ。突然右の頬をつままれて、続きの言葉が出せなくなった。目を白黒させる少女に、彼女……チャロアは心中を隠して。それはもう、綺麗に笑ってみせた。
綺麗だけれど凄みのある、圧力を感じる笑顔を見せられ少女は固まる。
「とりあえず、自己紹介から始めましょうね?」
あなたはコレではないし、ボクも不審者ではないんですから。
当然に付け足された言葉。少女は青い目を見開き、目線をどこにやるべきかと下方に漂わせて。マシュマロというらしい白いふわふわが浮いたココアに定めると、コップをわずかに力を込めて握り。かすかに頷いた。




