奇妙な家
「あっ、あー! すみません! お家に勝手に入ってしまって。あの、隠れ家喫茶的なものかと思「うるさい」……え?」
「物音、声などが大きすぎて耳障りであること」
シャツの上からもわかる、折れそうに細い腕がゆっくりと持ち上がり。袖に隠れた、握ったら隠れてしまいそうな小さな指が真っ直ぐ。青ざめたチャロアを指さす。
顔は眉の一つも動かないまま、小さく開いた花のような唇から漏れる平坦な声。絹にも似た心地よい声なのに、抑揚がないことが不気味だった。
しかし、その不気味さよりも。吐かれた言葉に唖然としていたチャロアは我に返った。
「う、うるさかったですか?」
「名選国語辞典の定義に習うなら」
「すみません……」
確かに言い訳に必死で声が大きくなっていたかもしれない。肩を落として、反省しているチャロアを見て。今度はその少女のほうが何を思ったのか、無表情のまま腕をまくりつつあたりを見回し、椅子を降りる。
静かに降りるというよりも飛び降りるという表現のほうがふさわしい。背たけの関係でしょうがないのだが。とんっと軽い音で少女を受け止めた床が鳴く。長い髪を引きずりながら、ふらふら歩く少女。
そこでチャロアは気付いた、「人形」だと思っていた時には気にならなかったが。椅子に合ったテーブルは使った様子がなくうっすら白くほこりが積もっている。少女にあっていない椅子、どう見ても届かないカウンターテーブル。家具全体の雰囲気は統一されど少女の背丈には都合されていない。まるで、少女がそこに届くまで……いや、届いてからもずっとただ使えればいいと考えていそうな。
(何なんだろう、この家)
少女への配慮のない、奇妙な家の中を自然と眉間に皺を寄せ見回したチャロア。
が、少女の声に我に返って目線を合わせるために屈み込む。少女より少し低くなった目線と姿勢。そんなチャロアを指さして。
「……? ……不審者」
「え、ボクのことですか!?」
「金になるものはここには……ていせい。本がある」
「え!? いや、別に」
「毎日? よんでいる。内容はおぼえている。持っていくといい」
屈み込んだチャロアに、一瞬首を傾げた少女はそう言ってチャロアに向けていた指を動かして本棚を指した。よく見れば少女が座っていた椅子の下にも山と積まれていて、一番下にある本が見えないくらい乱雑に置かれていた。置き方自体は適当なものの、どれもが古そうな本や辞典、辞書や図鑑など高価そうな本ばかりだ。
それらが、なんの価値もないかのように置かれている。むしろ「捨て」置かれているいったほうが適切か。
そんな本たちを持っていけ、とは? 喫茶店だと思って入った事は言ってあるし、強盗だと思われているのだろうかと、チャロアは胃が痛む思いだった。思わず、そっと胃を押さえたのは仕方がないことだと思う。