躑躅からの手紙と刑事
春だと言うのに、思わず身震いするような。ひざ掛けが手放せないそんな日の昼下がり。
ごん ごん ごんっ
ノッカーが乱暴に叩かれたかと思うと、ドアベルが鳴るというよりも悲鳴に近い音を立てた。小さな子どもさえ返事を待ってから入ってきたというのに、不躾すぎないだろうか。チャロアが振り返ったのと、オニキスの顔から表情が消えるのは同時だった。
そこには、金髪オールバックに黒いスーツの厳しい顔つきの男が立っていた。もっと詳しく言うのなら、オニキスを睨みつけていた、というのが正しいかもしれない。
急に張り詰めた糸のように今にも切れそうなほど緊迫した空気の中で、チャロアが口を開くより先に男が言葉を放った。
「ふん。詮索好きの悪魔憑き人形が。推理とは笑わせる」
「なっ!」
「なぜ、あなたがここにいらっしゃるのかしら? 躑躅峰・オーウェン従兄様 」
「なんだ、人形には飽きて人間の振りか? 悪魔め。……まぁいい、私も居たくて居るわけではない。躑躅からの手紙だ。読んでおけ」
そう言って、手紙を玄関口にある椅子の上に投げると、一秒さえ此処に居たくないとばかりに黒い男は立ち去っていった。
オニキスの質問には何一つ答えず、ただ嫌悪だけをその瞳に滲ませていなくなった。
「何なんですかさっきの人! 失礼ですよ! 茶殻撒きましょう!」
「……撒かなくていいわ。躑躅の次期トップになる、躑躅峰・オーウェン従兄様よ。従兄妹なの」
黒いコートの男・オーウェンが居たところを指さしながら、憤るチャロア。オニキスは無表情ながらも、ため息をつきそうな顔で呆れたように、オーウェンが立っていた玄関マットを見た。それから、ふと興味が失せたように無表情になり、未だ怒っているチャロアに手紙を持ってこさせると。机の中から銀のペーパーナイフを取り出して封を開ける。
そこには一枚の紙が入っていた。季節の飾り文も、心配の言葉すらなく。ただの一行。
『オーウェン様が雨竜髭島に就任された。協力しろ』
以上である。思わず、後ろから覗き込んでいたチャロアの口から「は?」と低い声が漏れた。一つため息をついて椅子から立ち上がり、チャロアを置き去りにして暖炉に近づくと。オニキスはその手紙を封筒ごと今もぱちぱちと音を立てる暖炉へと放り込んだ。
端から舐めるように炎に食われていく便箋と封筒を見もせず、オニキスは半ば無意識に呟いた。
「オーウェン従兄様はまだわたくしが怖いのかしら」
「え? 先生、今何か」
「なんでもないわ。なんでもないから花に呪いの言葉を聞かせるのはやめなさい」
あまりの手紙の内容と、先程のオーウェンの態度に花瓶へと活けた花に文句を言っているチャロアを止める。
ベビーベッドの中から初めて目を合わせたあの時の、引きつった、恐怖に染まったオーウェンの顔を、オニキスは忘れない。
あの時、名前を読んだことが、従兄様と呼んだことがそんなに恐ろしかったのだろうか。恐ろしかっただろうなと今ならわかる。喃語を話して五日目の赤子が「オーウェンにいさま」と流暢に話す様子は。だからコレは、オーウェンの態度は仕方ないことなのだと、オニキスは思っている。
不満そうな顔をちらつかせたオニキスだったが、ふと不思議そうな色に表情を変える
「あれ? ってことはあの人、自分で『自分が困ったら助けろ』って手紙持ってきたんですか?」
「……ふ、確かに」
「なんていうか……恥ずかしい以前にそんな手紙を持たされていた事自体に気づいてないだろうことに同情します」
「そうね」
オニキスとチャロアは顔を見合わせて小さく吹き出した。




