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第2話「月の光の下で」

前回はスイリアの日常を描きました。


今回は彼女とミアの絆、そして過去の一端に触れていきます。引き続きお楽しみください。

夕暮れ時、スイリアは診療所に倒れ込んだ旅人の手当てを終えた。


男は重傷ではあったものの、一命は取り留めた。


彼の腕には不思議な刺青があり、その様子から単なる旅人ではなく、何かの組織に属する者と見受けられた。


「どこから来たのかしら……」


スイリアは眠る男の顔を見つめながら呟いた。


彼が目覚めたら話を聞かなければならないが、それは明日以降になりそうだった。




「スイリア様、お夕飯の準備ができましたよ」


ミアが診察室のドアをそっと開けて顔を覗かせた。


その瞳が患者の姿を捉え、少し驚いたような表情を見せる。


「ありがとう、ミア。この方は旅の途中で怪我をした方みたい。しばらく診療所で休んでもらうわ」


スイリアは白い手袋を外し、洗面所で手を洗った。


指先を冷たい水で濡らすと、少し緊張していた心が和らいだ。


食事を終えた二人は、患者が寝ている診察室とは別の部屋で、明日の準備を始めた。


薬草を分類し、包帯や軟膏を箱に詰めていく。


「ミア、あの青い袋に緩和剤も入れておいて」


「はい、承知しました」


ミアは言われた通りに動きながら、時折スイリアの様子を気にしていた。


今日は王都からの手紙が来たせいか、彼女は少し落ち着かない様子に見える。


「スイリア様は、お手紙のことで気になさっているのですか?」


ミアの率直な質問に、スイリアは手を止めた。彼女はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「少し、ね。父上からの手紙だったわ。どうやら中央議会で、サウスアイヴェリアの地位について再び議論が持ち上がっているみたい」


スイリアの声には疲れが滲んでいた。


彼女はテーブルに置かれた古い木箱に手を伸ばし、そこから一枚の封筒を取り出した。それは何度も読み返されたのか、紙の折り目が擦り切れそうになっていた。



「母上からの最後の手紙……今でも開けられないの」


ミアはその言葉に心を痛めた。


スイリアがハーフエルフという立場で悩み、苦しんできたことを誰よりも知っている。幼い頃に母と別れ、父の元で育った彼女が、この手紙を受け取ってから10年以上が経っていた。


「いつかは開ける時が来るわ。でも、今はまだ……」


スイリアは手紙を元の場所に戻し、深く息を吐いた。


「ミア、少し外に出ないかしら。月がきれいだわ」


彼女の提案に、ミアは嬉しそうに頷いた。





二人は診療所の裏手にある小さな草原に出た。満月の光が辺りを銀色に染め、秋の虫たちが静かに鳴いている。


スイリアは草の上に腰を下ろし、月を見上げた。


「昔、母上に連れられて夜の森に出かけたことがあるの。エルフたちは満月の夜に自然と一体になる儀式をするのよ」


彼女の声には懐かしさが混じっていた。思い出の中の母の顔は、時とともに少しずつ薄れていくけれど、その優しさだけは今も鮮明に覚えている。


「この月の光が、サウスアイヴェリアの森も照らしているのかしら」


ミアは静かにスイリアの横に座り、彼女の話に耳を傾けた。


「スイリア様がそこへ帰られたら、きっと皆さんが喜びますよ」


「そうかもしれないわね。でも今の私は……」


スイリアは自分の手袋に目をやった。その白い手袋の下には、まだ癒えぬ心の傷がある。


王女としてのプライドと医師としての使命感の間で揺れる彼女の心は、今宵も月に照らされていた。


「ミア、あなたはどうしてずっと私についていてくれるの?」


突然の質問に、ミアは少し驚いたように目を丸くした。


「それは…………」


彼女は言葉を選ぶように少し間を置いた。


「私、スイリア様のことが好きだからです。スイリア様は優しくて、強くて、誰よりも人の気持ちがわかる方です。王女様だからではなく、スイリアという方が好きなんです」


その言葉は単純だけれど、深い真実を含んでいた。ミアの猫耳がピクピクと動き、彼女の正直な気持ちを表していた。


スイリアは思わず微笑んだ。彼女は静かにミアの頭を撫でた。


「ありがとう、ミア。私もあなたといられて幸せよ」


二人は静かに月を眺めながら、しばらくそこに座っていた。


言葉にはできない絆が、二人の間に流れている。


「そう言えば、あと二日で豊穣祭ね」


スイリアは空を見上げながら言った。


「ああ、待ち遠しいです! 今年はスイリア様も一緒に行きましょうね。去年は忙しくて行けなかったから」


ミアの目が輝いた。彼女の猫耳は嬉しさのあまり、ぴくぴくと動いていた。


「そうね。今年はぜひ行きたいわ」


スイリアは穏やかに微笑んだが、その瞳には微かな寂しさが宿っていた。王都にいた頃は、祭りといえば政治的な儀式の一環でしかなかった。


村の素朴な祭りは、彼女にとって新鮮な経験だった。






ふと、スイリアの鋭い耳が診療所の方から物音を捉えた。


「患者さんが目を覚ましたみたいね」


そう言って立ち上がると、彼女は診療所へと戻った。


診察室の扉を開けると、そこには起き上がろうとしている男性の姿があった。


「無理に動かないでください。まだ傷が完全に癒えていません」


スイリアの声に、男は驚いたように振り返った。


「あなたが私を助けてくれたんですか?」


「ええ、ただの村医者ですが」


スイリアはそう答えながら、男の傷の様子を確認した。治癒は順調に進んでいるようだった。


「私はレイン。北の山脈からの使者です」


男は静かに告げた。その眼差しは真剣で、何か重要な使命を帯びているようだった。




「実は、あなたを探していたんです。スイリア・ホルシーナ王女」


その言葉に、スイリアの体が硬直した。彼女の正体を知る者が、なぜこんな辺境の村まで来たのか。不安が胸を占めた。


「何の用ですか?」


彼女の声は冷たく響いた。医師としての優しさは消え、そこには王女としての威厳だけがあった。


「北の山脈のエルフたちが危機に瀕しています。私たちのリーダーからの手紙を、あなたにお渡ししなければなりません」


レインはそう言って、服の内側から一通の手紙を取り出した。


「この手紙を届けるため、私は命がけで山を越えてきました。どうか、お読みください」


手紙を差し出すレインの手が微かに震えている。その手紙には、彼が体をはって守ってきた重要な情報が記されているのだろう。


スイリアは躊躇いながらも、その手紙を受け取った。封筒には美しいエルフ文字で彼女の名前が記されている。


「読ませていただきます。あなたはもう少し休息を取ってください」


スイリアはそう言って部屋を出た。手紙を書斎に持ち帰ると、彼女はゆっくりと封を開けた。


そこに綴られていたのは、北の山脈に住むエルフのリーダー、ローラン・ターミアからの切実な願いだった。彼らの住む森が何者かによって侵食され、古くからの居住地が危険に晒されているというのだ。


手紙には、スイリアのような「両方の血を引く者」だけが理解できる問題だから助けてほしいと記されていた。


「両方の血……」


スイリアは呟いた。彼女自身の存在が、人間とエルフ両方の世界に橋を架ける鍵になりうるということか。しかし、それは彼女がずっと避けてきた道でもあった。


窓の外に広がる月明かりに照らされた村を見つめながら、スイリアは深く考え込んだ。この平穏な日常を手放すことになるかもしれない選択——。


彼女は手袋に包まれた手を胸に当て、静かに目を閉じた。


(私はどうすべきなのかしら)

その悩みは、明日も続くだろう。豊穣祭を目前に控えたタジマティアの村に、運命の風が吹き始めていた——。


第2話もお読みいただき、ありがとうございます。スイリアの過去や彼女が抱える葛藤が少しずつ見えてきたのではないでしょうか。最終話では、スイリアが新たな決断を迫られる展開となります。引き続き、応援よろしくお願いします!

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