父の誤算と家族の転落
父は設備工事会社の2代目経営者だ。
俺が5歳の時、お祖父ちゃんからその会社を引き継いだ。
社員数は12人。大手建設会社の下請けや、地域の小規模工事を細々と請け負っているだけの、小さな会社だった。
社員への給与に銀行返済、購入機器の支払いを済ませれば、毎月会社に残るお金はほんのわずかしかない。
お祖父ちゃんが会社を立ち上げた頃は経済も好調で、夢に燃えていたのだろう。
だが今では「儲けること」より「会社を潰さないこと」が目的となっていた。
(日本には、こういう会社が数え切れないほどあるのかもしれない……)
そう考えると、平凡な会社なのだろう。
しかし俺が10歳の時、リーマン・ショックがやってきた。
日本全体が不景気に突入し、設備工事に回る予算は削られていく。
多くの会社が守りに入り、無駄な出費を抑えながら、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待つことになった。
工事が減れば、会社の資金繰りは一気に苦しくなる。
本来なら、他社にならって社員を整理すべきだったのだろう。
だが父は、お祖父ちゃんの代から勤めてきた社員たちをリストラする決断ができなかった。
経営を引き継いだ社長としてのプライドや責任感があったのだ。
仕事がないのに給与を払い続ければ、結果は火を見るより明らかだ。
経営者は感情に流されず、冷徹に判断しなければならない。
運転資金が不足し、銀行への返済や手形の支払いも危うくなっていく。
しかし、そんな素振りを見せてしまえば会社は終わりだ。
銀行はすぐに資金回収に動く。
(このままでは会社が倒産してしまう……!)
ビジネスは……ハイリスク・ハイリターン。
引き際を冷静に見極めなければ、大火傷を負うことになる。
この時点で会社の土地を処分し廃業していれば、大失敗にはならなかった。
多少の借金なら、立て直すことが可能だったはずだ。
だが父は判断を誤る。
15名の社員の生活を守ることこそ社長の責任だと、固く信じ込んでしまったのだ。
本当に社員の生活を守るなら、彼らの転職先を探すべきだった。
(運転資金が足りないなら、どこからかお金を借りればいいさ!)
(不況がそう長く続くはずがない!)
(細々とでも仕事を続けていれば、やがて景気は回復するに違いない!)
こういう時は都合のいい未来を思い描きたくなる。
しかし、甘美な未来に逃げ込めば、現実を見失ってしまうのだ。
***
思い込みだけで作成した事業計画を抱えて、銀行に追加融資を頼み込み、必死に頭を下げる。
……追加融資は断られた。
「不況を乗り切るだけの事業計画」なんかに、銀行が融資を出すはずもない。
その冷静でクールな判断を尊重すべきだった。父は目を覚ますべきだった。
しかし父は、ついに手を出してしまう――借りてはいけない場所から、高利で金を借りてしまうだ。
借金を手に入れた瞬間、妙な高揚感に包まれる。
「これで資金繰りは大丈夫だ、あとは必死に営業すればいい」
そんな晴れ晴れとした気持ちにすらなっていた。
***
だが――
「資金繰りが危ないらしい……」
「……高利で金を借りたようだ」
――そんな噂が水面下で広がっていく。
「危ない会社」と評判が立てば、当然仕事の発注など来るはずがない。
立場を逆に考えれば当たり前のことだ。
2009年6月、会社はついに倒産した。
高利で借りた資金も底をつき、夜中でも早朝でも電話が鳴り響き、玄関のドアが激しく叩かれる。
もう何もできない……どうにもならない……
(これは……現実のことなのか……!)
社員を守るために必死で頑張ったはずが、すべてを失ってしまった。
守ろうとした社員からは、感謝の言葉ではなく――
「退職金もないんですか……!」
非難の声だけが浴びせられた。
父はひたすら謝り続けた。
『自分の努力が足りなかったせいだ』と、自分を責め続けた。
***
俺たち家族はすべてを失い、家賃の安い古いアパートに引っ越すことになった。
生活環境は急激に悪化した。
暗く沈む家族を、母が明るく励まし続けた。
その姿に父も励まされ、少しずつやる気を取り戻していく。
「早く借金を返せばいいだけだ」
そう言って、昼も夜もない生活が始まった。
だが、不景気だから会社が潰れたのだ。条件の良い就職先など簡単には見つかるはずがない。
消費者金融が、父の再就職を待ってくれるはずもない。
すぐに雇ってもらえる仕事があれば、どんな仕事でも必死に頑張るしかない。
もらえる金が少なければ、朝から晩まで働き続けるしかない。
結局落ち着くところはそこになる。
考える余裕などなく、人の目を気にしている暇もない。
差し押さえを免れた同じ服を着て、朝から深夜までフラフラになるまで働き続ける。
仕事先で、どれほど理不尽なことを言われても、ただ頭を下げて耐える。
毎月決まった日には、ガラの悪い取り立てが自宅に押しかけてくる。
「相馬さん、いるんでしょう? 相馬さーん!」
玄関が壊れそうなほど激しいノックが響く。
取り立て人は、両親の給料日を把握している。
かき集めた金を全額渡しても、高利の利息分にすら届かない。
消費者金融の担当者は手慣れたもので、回収した金から生活できる最低限の額だけを残し、黙って立ち去っていくのだった。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
これからも、ご支援いただければありがたいです。
励みになりますので
ぜひブックマークや評価などをお願いします。




