80.オディロンの死因
次の日。
ベルナール及び警察は、ベンジャミンと共に校内の聞き取り調査を行った。
セルジュは議会があるらしく、今日は来られなかった。ジョゼはダヴィドに見張られながら、士官学校内のありとあらゆる倉庫を調べた。主に学校で使われているのは三ヵ所で、どれも窓のある倉庫だ。
倉庫のどこにでも石灰はある。校庭にラインを引くのに使うようだ。
「殺害場所として決定的な証拠はないわね……」
セルジュの言う通りなら、椅子になりそうなものがあるはずだが、ない。薬品らしきものも特には見当たらない。
「殺害現場は士官学校ではない、ということなのかしら……」
再び校内玄関に戻って来ると、ベルナールが言う。
「聞き取り調査を行ったが、どうやらオディロンが馬に乗って走り去ったあの日、寮から出た生徒はいないようだ。寮母が、出た人間を見なかったと証言している」
ジョゼは考えた。
「寮……」
「ここは全寮制なんだ」
「そっちも探すべきね。行きましょう」
ダヴィドが何か言いたげにちらりとジョゼを見下ろす。その視線に気がついて、ベルナールが尋ねた。
「ダヴィド様は何かご存知ではないですか?」
「いや……」
「こっちも仕事で来ています。気になることがあるならおっしゃってください」
ジョゼについては協力を惜しむダヴィドも、刑事に言われては話さざるを得なくなる。
「銀の鎧は、校舎内だけにあるものではない。寮にもある」
ベルナールは頷いた。
「では、寮内で犯行も可能、と」
「いや、しかし……それだと馬をどう連れて来たかが謎だな」
ジョゼは言った。
「黒い馬だから、闇に紛れてこっそり移動させても目立たないわ」
「しかし、誰も寮から出ていないのだろう?」
「窓から出入りすれば可能だわ」
「だがそうすると、寮内の全員が容疑者となってしまう」
横からベルナールが言った。
「容疑者が複数人という可能性もありますが?」
ジョゼは、暗闇を走り去るオディロンを思い出していた。
「……確かに、死後硬直した遺体を馬に乗せ、更に縄で縛るなんていう小細工は、いくら何でもひとりでは無理そうね」
ダヴィドは汗をかいている。複数犯説が有力になって来た。
「一度、寮内に絞って聞き取り調査をした方がいいわ。特に、オディロンと仲の良かったという三名──アンセルム、バジル、レジスから、ひとりずつ聞き取り調査をするべきです」
ベルナールが彼女の言葉をメモしている。
「へー、その三人がオディロンといつもつるんでいたんだな……?」
ダヴィドが静かにため息を吐いた。
「何ということだ……国を守る士官候補ともあろう者が、下卑た真似を」
ジョゼは彼をせせら笑った。
「娼館には、国を守る士官様がいくらでも下卑た真似をしに訪れますけど……?」
ダヴィドがむっとして言い返した。
「余計なことを」
「……ふん。士官候補などと賢しらにしている犯人をとっちめてやるわ。私、裏表のある男は大嫌いなの」
ベルナールは二人がどんな関係にあるのか知らないので、その口論をぽかんと見ている。
寮母は寮内に警官を迎え入れた。
「私も夜はどうしても眠ってしまいますけれど、夜に居た生徒とは全員朝に顔を合わせましたよ」
寮の中にはいくつか銀の鎧が飾られている。ジョゼはそれを認め、寮母に尋ねた。
「この、鎧の管理ってどうなってますか?」
寮母は言う。
「寮内の鎧はね、当番になった生徒が磨くのよ。銀磨きの粉をつけて、ごしごしと……そして再び定位置に飾るの。ここにその当番表があるわよ」
ジョゼは寮母の差し出した帳簿を見せて貰った。
その日銀の鎧を磨いていたのは、オディロンその人だった。
警官たちが寮へやって来る。彼らは寮の内部を捜索し始めた。オディロンの部屋から甲冑の具足部分が見つかったらしい。
一方、窓の外を眺めていたジョゼは何かに気づき、寮の外に出て行った。
寮の裏側をひっそり歩いている彼女を、ダヴィドが慌てて追いかけて来る。
「おいっ、そっちじゃないだろう……!」
「そうかしら?私、気になっていることがあるの」
ジョゼは足元を気にしている。
「ほら。地面に白いものが、点々と」
ダヴィドも足元を見つめた。
「!石灰か……?」
「怪しいわ。なぜこんなところに石灰があるの?」
白い粉のパラパラと落ちている先を辿って行くと、井戸に行き着いた。
「ダヴィド様、この井戸は?」
「ああ、これは……使われなくなった井戸だな。大昔に地下水が干からびてしまったようだ」
ジョゼは静かに井戸を覗き込んだ。
井戸の奥には、沢山の白いガラクタのようなものが見える。ネズミの死骸もいくつか確認出来た。
「……白い板……防火性を高めるために、石膏を塗ったものかしら?」
「ああ、多分な。校内にはいくつか枯れた井戸があるが、どれも建築廃材の投棄場所になっている」
「……ゴミ捨て場にしているの?」
「そういうことだ。ゴミでいっぱいになったら、土で埋めてしまう。ゴミが入り切るまではこのように放置しているわけだな」
滑車を利用して上へ水を引き上げるタイプの汲み取り井戸だ。滑車には鉤縄がついている。ジョゼはしばらく下を見ていたが、真実に思い当たって胸が急にどくんと跳ねた。
「あっ、いけない」
「?」
「ダヴィド様、その井戸に近づいてはなりません。こっちへ」
不思議がっているダヴィドの服を、ジョゼは引っ張って行った。
「な、何だ……?」
井戸から少し離れ、「フー」とジョゼは息を吐いた。
「私、分かっちゃいました。オディロンの死因」




