76.変装の可能性
次の日。
ジョゼはセルジュと共に、王都郊外にある王立士官学校に向かっていた。今日は学校に入るので、いつものようなデコルテを露出したドレスではなく、ハイネックで長袖の、まるで女教師のようなドレスを着ている。隣のセルジュはお堅い姿のジョゼをしげしげと珍しそうに眺めていた。
王立士官学校に着くと、セルジュのエスコートで校舎内に入る。校庭では剣術の練習が繰り広げられており、威勢のいい声が響き渡っていた。
「こっちだ、ジョゼ」
彼に連れられ長い廊下を歩いて行くと、その奥にぽつんと佇む御仁がひとり。
二人はその姿を認めて立ち止まった。
セルジュの父、ダヴィドが待ち構えている。
セルジュが囁いた。
「父だ」
それを聞くや、ジョゼは努めて微笑み挨拶をした。
「初めまして、ダヴィド様。私はリロンデルのジョゼと申します」
ダヴィドは彼女を上から下まで眺めると、ふんと鼻を鳴らす。
「お前か。セルジュをたぶらかしているのは」
その言葉で、ジョゼは一瞬で笑顔を消す。セルジュが何か言おうとすると、彼女はそれを制した。
「あら、私の出る幕ではないのですね?であれば、生徒さんの失踪を私から警察に届け出てもいいんですよ。私、警察には知り合いがたくさんおりますの。そう、頼りになるお方が沢山……」
ダヴィドは言葉に詰まる。まさか、いきなり女が男相手に脅しをかけて来るとは思いもしなかったようだ。ダヴィドは慌てて矛先をセルジュにずらした。
「セルジュ、お前はこんな女を……!」
「こんな女だからです、父上」
「……」
言い返せないダヴィドに、ジョゼはにっこりと要求を浴びせかけた。
「素晴らしい自己紹介でございました、ダヴィド様。ちょうどいいところにいらしたついでに、ラフォン教頭のお部屋へ案内していただけませんこと?」
「貴様……!」
「いらっしゃらないのですか?ならば帰ります」
この女は思い通りにならないとようやく理解出来たらしく、ダヴィドは渋々先頭を歩き始めた。
「……付いて来い」
それを見て、セルジュとジョゼは囁き合う。
「おかしな茶番に付き合わせて悪かった、ジョゼ」
「あなたのお父様だからあんまりこんなことは言いたくないけど、あれはかなりの偏屈者だわね」
廊下の突き当りの応接間に二人は通された。
ダヴィドも共に話を聞くらしい。遅れてベンジャミンがやって来た。
「おお、あなたがジョゼさんですか?」
ベンジャミンは小太りの男だが、人懐こい笑顔で話し出した。
「私が王立士官学校の教頭、ベンジャミン・ド・ラフォンです。初めまして」
「リロンデルのジョゼと申します。早速ですが、お話をお伺いしてよろしいですか?」
四人は顔を突き合わせて座った。
「お手紙にもある通り、ちょっとした未解決事件がありましてな。士官学校の寮生のひとりが行方不明なのです。名はオディロン・ド・ドブル。名門貴族の嫡男です。ドブル家は彼が行方不明であることを秘匿して欲しい、その上で見つけ出して欲しいと」
「うーん。お年頃ですから、どこかで遊び歩いているのではないですか?」
ジョゼが月並みな意見を述べると、ベンジャミンは頷いた。
「私もそう思いましてね。寮生が言うには、行方不明になる前から、オディロンは毎晩のようにどこかへ外出していたらしいのです」
「あー……それで、私にお話を持って来たのですね」
ジョゼは天井をじっと見上げてから、そうっとベンジャミンに視線を戻した。
「私の店には来ていません。でも、彼が変装などしていたら、その辺の男と見分けがつかないかもしれませんね」
そう言ってから、ジョゼはふと思考を止めて顔を上げた。
「変装……」
応接間をぐるっと見渡せば、部屋の隅に古めかしい銀の甲冑が飾られている。
この鎧──どこかで見覚えがある。
「……鎧」
「ははは、ジョゼさんご冗談を。そんなものを着てうろうろしていたら、むしろ目立ちますよ」
「ふふっ、そうですよね」
ジョゼは肩をすくめて見せたが、急に先日の騒ぎを思い出し、いてもたってもいられなくなる。
「あのう、ちょっとお聞きしたいのですが」
「何です?ジョゼさん」
「この学校、馬の管理ってどうなってます?」
ベンジャミンはきょとんとした。
「馬の……管理?」
「ええっと、オディロンが毎晩出歩いていたとするなら、王都から学校への往復は、徒歩だと難しいと思うのですが」
「なるほど、オディロンが夜間、こっそり馬に乗って王都へ……その可能性はありますな」
「王都へ行っていたとは限らないのですが、外出するなら馬か馬車に乗るものでしょう」
「うーむ、厩舎へは最近私も足を向けていませんなぁ。教職員の管轄ではありませんから」
ジョゼは少し考え込んでから尋ねた。
「オディロンが毎晩出歩いていたと証言している〝寮生〟とは、一体誰ですか?」




